暮らしの基本である衣食住。身にまとうもの、食べるもの、住まう場所に何を選択するか。その積み重ねが日常となり、人生を彩り、そして未来をつくるのでしょう。千曲市に暮らす南澤善行さんと幸恵(さちえ)さん、7歳と4歳の息子さん家族の住まいを訪ねて、そんなことを感じました。
南澤さんの住まいが立つのは静かな住宅街。敷地内には日当たりのいい畑があり、自家用の野菜や果実を育てています。
「今はのらぼう菜の花が食べ頃です。おひたしにすることが多いかな。くせがなくておいしいですよ。六条大麦は、麦茶をつくろうと思って育てています。赤い花はストロベリーキャンドル。緑の畑に赤い色があるとかわいいかなと思って」
畑を歩きながら、幸恵さんが大切そうに作物の名前を教えてくれました。土の状態を良くするクローバーで覆われた土はふかふか。トマトにほうれん草、ルッコラ、アスパラ、ニラにイチジクと、食べたいものを少しずつ、食卓に乗る分だけ育てています。「作物に多様性があった方が土が豊かになるんです。人間と似ていますよね」。
畑の隣にこぢんまりと立つドーム型の小屋をのぞくと、中には4羽の雌鳥。毎朝、産みたての卵でつくった料理が食卓に並びます。善行さんが鶏舎の中から子どもたちに卵を手渡すと、落とさないようにそっとキッチンへ運んでいきました。
鶏舎で採卵する善行さん
卵を長男にバトンタッチ
この日テーブルに並んだのは、畑でとれた菜の花の混ぜご飯おにぎりとゆで卵。お米も自分たちで育てたものです。子どもたちはお母さんのつくるおにぎりが大好き。おやつのスコーンとクッキーは、畑で育てた麦を挽いた小麦粉で生地をつくり、オーブンで焼き上げたそう。香ばしく食感豊かで、飽きない味わいです。育てた食材を分かち合う食卓には、穏やかな時間が流れていました。
丈夫で、環境に寄り添う住まいをつくる
住まいを新築したのは2018年のこと。「快適な住まいに暮らしたいと思ったことはもちろんですが、子どもが小さいうちから良い家に暮らす経験をさせたかったんです」と、善行さんは振り返ります。
夫妻が考える良い家とは、大きな家やお金をかけた家ではなく、丈夫で、子や孫の代まで安心して暮らせる家のこと。
「大手ハウスメーカーが建てる家には、わずか20年で修繕が必要になるケースもあると聞きます。本来、家は何度も手を加えなくても世代を超えて引き継がれていくべきもの。私たちの代で良い家を建てれば、子どもたちが将来住まいで苦労することはありませんよね。そんなふうに安心できる家をつくりたかったんです。
子どもが小さいうちに建てると傷や汚れがつくから大きくなってから建てた方がいいと言う人もいますが、幼いときこそ良い家で暮らす経験が大切なんじゃないかなと思います」(善行さん)
日当たりのいいリビングで過ごす4人
子どもが壁に描いた絵も思い出に
良い家のもう一つの要素は、断熱性が高く、少ないエネルギーで健康に暮らせること。「人は自然に沿って生きるしかない。暑さや寒さから身を守りたいけれど自然にはあらがえないから、過剰に電力を使って環境に負荷をかけることのない住まいを目指しました」と善行さん。
環境への負荷が少なく、丈夫で長持ちする住まい。条件を満たす家づくりができる会社を求め、たどり着いたのがRebornでした。
「Rebornの住まいは、断熱性を示すQ値(住宅全体の熱がどの程度逃げやすいかを示す数値)やUA値(家の外への熱量の逃げやすさを示す数値)が総じて優秀です。よく覚えているのが、設計士の塩原真貴さんのご自宅を訪ねたときのこと。すごく居心地が良かったんですよね。夏なのにエアコンを使わなくても室温が27度ぐらいに保たれていて、自然な涼しさでした」(善行さん)
どの季節も快適。子どもたちも気持ちよさそう
幸恵さんがつくるおにぎりが大好きな次男
実家の近くにエリアを絞って、土地探しをスタート。以前から自宅近くで畑を借りて週末農業をしていた善行さんは、敷地内に畑を持てることも希望しました。
一度は良い条件の土地に巡り合ったものの、建築条件付き※であることが後から判明。落胆しつつも、その後、かねてから相談を寄せていた不動産会社に現在の土地を紹介されます。広さも日当たりも十分。さらに幸運なことに、不動産会社の計らいで千曲市にある姨捨棚田の田圃を手に入れて、農家資格を取得できたのです。
※指定した建設業者で家を建てる条件がついた土地のこと
規格住宅の間取り、自然素材を生かした内装
敷地は東西に長い約430㎡(約130坪)。住宅街に位置していますが、南側と西側は隣地の畑に面しているため視界が開け、日当たりも良好です。敷地の中央に住まい、西側に畑、東側に駐車スペースを配置しました。
南側に建物がなく、日当たりに恵まれた立地
遠くに山並みが見える畑。風通しも抜群
選んだのは自由設計ではなく、Rebornオリジナルの規格住宅です。1階は南側の庭に面した広いリビング&ダイニングキッチンと、北側に書斎と水まわり。2階はプレイルームや物干しスペースにもなるホールを中心に、東側に主寝室、西側に子ども部屋と振り分けたプランです。
「二人とも間取りにこだわりがなくて、なかなか決められなかったんです。そんなときにRebornに規格住宅があることを知って『それでいいじゃない!』と(笑)。大枠が決まっていて、なおかつ細かい部分はアレンジできる規格住宅は、私たちにちょうどよかったですね。もちろん、予算を抑えられる点も大きかったです」(幸恵さん)
室内の壁と天井は左官材をローラーでDIY施工。床は味わいが増すオーク無垢フローリングを選びました。竣工から6年、飴色に変化した床の傷や汚れが家族の記憶を物語ります。経年変化を重ねつつ清潔感があるのは、年2回、家族でワックスを塗ってきちんとメンテナンスしているから。住まいは住み手が育てるものであることが伝わってきます。
ダイニングテーブルの天板にした無垢の一枚板は富山で購入し、車で持ち帰ったもの
リビングはソファやテーブルを置かず、のびのび遊べるスペースに
2階の広いホールは日当たりが良いため物干しスペースとしても活用中
リビング横の書斎は善行さんの作業スペースに。左手の壁沿いには造作書棚も
善行さんがこの住まいではっきりと変化を感じたのが、室内で静電気が起こらないことでした。「以前暮らしていたアパートと全然違います。石油由来のビニルクロスなどをほぼ使っていないから、帯電しにくいのでしょうね」。
キッチンは対面型ではなく壁付け型を選び、ダイニングスペースを広くとりました。光が降り注ぐリビングは、子どもたちがのびのび遊べる広さ。リビングと庭をつなぐデッキテラスは、収穫した野菜を干したり作業着を乾かしたりと農作業に活躍しています。
畑道具や機械類は北東側の軒下と畑に建てた小屋に収納していますが、「6年もたつと、思ったより道具が増えて。もう少し外収納スペースをつくっておけば良かったなと思います」。
広いデッキは農作業の準備や収穫物の整理に活用
明るい玄関。ギャッベのマットが彩りに
数十年先を見据えてエネルギーを選択
この家に暮らして大きく変わったことの一つが「冬が寒くないこと」でした。
「寒いのが人一倍苦手で、冬は動く気力も出ないことが多かったんですが、引っ越してから体の調子がいいんです。外が寒い日でも家の中が暖かいからてきぱき動けるし、気持ちも前向きでいられます」(幸恵さん)
断熱材を十分に施工し、窓にはペアガラスの樹脂サッシを使用。夏は窓を開けて風を通し、暑い時期だけ階段に設置したクーラーを稼働させてサーキュレーターで上下階へ冷気を循環させます。冬は、各部屋に設置したパネルヒーターが住まい全体をムラなく暖めるため快適。おおよそ11月から3月にかけて、24時間稼働させています。
「冬の夕方に外から帰ってきても、家の中がじんわりと暖かいんです。それが本当にいいなあと思う。窓も結露しませんし、子どもは家の中では一年中裸足です」(善行さん)
春のこの日の室温は冷暖房なしで25度とちょうどいい気温
玄関ホールのパネルヒーターはブラウン。帽子やバッグをかけられるフック付き
パネルヒーターの熱源には灯油を選びました。キッチンではガスコンロとガスオーブンを使用。給湯には、太陽熱を活用して温水をつくるドイツ生まれの太陽集熱器「LATENTO(ラテント)」を導入しています。屋根に載せた集熱器で太陽熱を集め、屋内の貯湯タンクにつないでタンク内の不凍液を温め給水管に熱を移動させることで温水をつくる仕組み。Rebornが施工した住宅で多くの導入事例があります。
「太陽熱で発電するよりもお湯をつくる方がエネルギー効率が良いと知り、LATENTOの導入を決めました。仕組みがシンプルで分かりやすいし、複雑な構造ではないから故障もほぼありません。
太陽光発電は入れていません。我が家は南向きに屋根が傾斜しているので発電条件も良くて、家を建ててからも他社がよく営業に来るんですよ。でもソーラーパネルは、将来一斉に寿命を迎えて大量廃棄が生じた際の処分方法が確立されていない課題がある。地球環境全体を考えると、設置しなくて正解だったと思います」(善行さん)
2階南向きのベランダにLATENTOの集熱器を設置
LATENTOの貯湯タンクは屋内に置く必要があるため玄関脇の収納に配置
LATENTOを導入したことで夏は太陽熱のみで温水をつくれますが、日射が少ない冬は補助熱源の灯油ボイラーを稼働させる必要があります。パネルヒーターの使用分と合わせて、灯油の消費量はひと冬200〜300ℓ。1カ月あたりの光熱費は平均1万円強に収まっているそう。けれど夫妻が大切にしたのは、経済的なメリットだけではありません。
「目先の経済性やエコロジー性よりも、何十年先の子どもたち世代のこと、地球全体の循環を壊さないことを考えて、エネルギーや住まいのあり方を選択したいんです」(善行さん)
ガスオーブンはパンやピザ、スコーンづくりに大活躍
「循環の中のエコを考えていきたい」と話す善行さん
自分の育てたものを味わう豊かさ
世の中で常識とされていること、ベターとされていることも、一度立ち止まって考える。南澤さん夫妻を見ていると、そんな当たり前なことの大切さを感じます。夫妻の選択の軸にあるのは家族の健康、環境との共生、持続可能な方法であること。さかのぼること約15年前、善行さんが農業を始めたのも「本当に大切なものはお金ではない」と気づいたからでした。
「2000年代後半のリーマンショックをきっかけに、本当の生きる技術を身につけたいと思うようになって農業を始めました。お金や物は消えてしまうけれど、自分の身についたものは確かだから。育てやすい野菜から始めて、少しずつ作物を増やしていきました」(善行さん)
前述の通り、姨捨棚田の一区画を手に入れて米づくりもスタート。以前のオーナーが無農薬で米づくりを行っていたことを知り、「これも縁」と感じて無農薬栽培の方法を教えてもらったといいます。自宅の近くにも畑を借りて野菜を植え、すべて無農薬・無化学肥料の栽培を実践しています。
竹とビニールでトマトの苗の風よけに
畑で収穫したばかりののらぼう菜
長らく善行さん主体で農業に取り組んできましたが、今の住まいに暮らし始めて4年ほど経ったとき、幸恵さんが言いました。「私も本格的に農業をやってみたい」。それまで正社員として勤務していた仕事を少しずつセーブし、家で過ごす時間を暮らしの中心に切り替えていきました。
「子どもと過ごす時間を増やしたい、暮らしをもっと大事にしたいと思うようになったんです。そうして家族との時間を中心にしたことで、日々の食を自分ごとに感じるようになって。何が入っているか、どこで育ったものかが分かる食材を家族のためにできる限り選びたい。そこから、本格的に農業に取り組んでみたいと思うようになりました。自分でつくったものを口にできるって、現代ではすごく豊かなことですよね」(幸恵さん)
調味料も手づくりで楽しむ
ご飯は鉄鍋で炊いて1日で食べ切る。パントリーに並ぶ瓶のストックは保存食に活用
土が教えてくれたこと
もともと料理好きだった幸恵さん。畑の収穫物にアイデアを得て、さまざまなものを手づくりするようになりました。育てた大豆で味噌を仕込み、豆乳をつくってドーナツを焼き、残ったおからはナゲットに。麦は挽いてクラッカーやスコーン、パンを焼いています。さらには、酵母を使って自宅でビールも仕込んでいるのだとか! 南澤さんの食卓をのぞくと、日常的に食べるものをこんなにも手づくりできるのかと、驚きと感動をもらいます。
長男もおにぎりが大好き
とれたての菜の花をごま和えに
飼っている鶏「岡崎おうはん」の卵。黄身の味が濃厚
市販のモルトに酵母を加えて自家製ビールを醸造中。アルコールは1%未満
毎日のように畑へ出て収穫し、とれたてをテーブルへ。キッチンとつながった畑は、素材そのもののおいしさを教えてくれます。
「スーパーで買うのは肉や魚、乳製品ぐらい。買い物は2週間に一度程度にぐっと減りました。その分時間にゆとりができたし、パッケージ類のゴミが減ったのも嬉しい変化ですね。何より、買ったものよりも自分の畑でつくったものが体に合っていると実感します」(幸恵さん)
プラスチック製品が少ないキッチン
産みたての卵
畑とともにある暮らしは食の価値観を変え、自給自足に近づくことで生きる力を養います。土に向かう日々は新しい発見の連続。幸恵さんは畑を育てる喜びを、こう語ります。
「雑草は必要以上に刈らないようにしています。雑草があった方が微生物がよく働いて、野菜と共生するから。時間をかけて世話をするうちに少しずつ土が変わって、雑草もどんどん柔らかい草になっていくんですよね。手をかけた分、応えてくれるように。それがとても嬉しい」(幸恵さん)
農業セミナーに通って知識を学んだ幸恵さん
子どもたちと一緒にクッキーづくりも
畑の一部を友人とシェアすることも計画しています。「保育園の保護者仲間に、農業に興味を持っている人が何人がいるんです。自分の暮らしが、誰かの居場所になったらいいですよね」。
「正直、今は怖いものがないんですよ。もし明日仕事を辞めても、生きていけると思えるから」と善行さん。信じるものを一つひとつ選んで積み重ねていくことが、未来をつくります。「いつか、衣食住の“衣”も自分でつくれたらいいなと思います」という言葉が近い将来、叶うかもしれません。
記者感想
本業を持ちながら農業を続けるのは、簡単なことではないはずです。けれど夫婦それぞれが農業に楽しさや可能性、心強さを見出している姿が印象的でした。