1日の1/3を過ごすオフィスの環境は、住まい同様に快適な環境が重要です。しかしオフィスは賃貸物件が多いため、積極的に断熱改修を行う事例は少ないのが現状です。長野市の宇賀田(うがた)会計事務所は、築43年の自社ビルの断熱改修をRebornに依頼。太陽光発電も導入し、エネルギー問題に対する危機管理や環境負荷の軽減を図っています。
20年スパンで考えて改修を決断
長野市西和田。平林街道沿いに位置する宇賀田会計事務所は、中小企業向けの経営アドバイスや個人・法人の税務申告、会計監査・内部監査などを手がけています。所長であり公認会計士、税理士の宇賀田伸彦さんは長野市出身。大学卒業後、東京の中央青山監査法人勤務を経て、亡きお父様が営んでいた現在の事務所を引き継ぎました。公認会計士である妻のさゆりさんと一緒に、現在6名のスタッフを擁する事務所を経営しています。
現在の事務所外観。外壁に宮崎産の飫肥(おび)杉を貼って味わいある姿に
中央が所長の宇賀田伸彦さん、右が妻のさゆりさん。スタッフの皆さんと
鉄骨造、地上2階建ての社屋は築44年。1990年頃に、お父様が中古で購入した物件です。小学生だった伸彦さんも内見に同行した記憶があり、自社ビルに顔をほころばせるお父様の表情を覚えているそう。外壁で存在感を放つ事務所のロゴは、お父様の時代から引き継いだものです。
それからおよそ30年。建物にはさまざまな不具合が生じていました。何より悩まされていたのが、冬の寒さと夏の暑さ。既存のアルミサッシの内側にインナーサッシを設置したり市販の断熱フィルムを窓面に貼ったりとさまざまな対策を試みましたが、大きな改善には至らず。「冬の朝、出社してすぐに石油ファンヒーターをつけてもなかなか暖まらず、震えながら仕事を始めていました」と夫妻。
また鉄骨造の一部に木が使われていた影響か、躯体の一部に歪みが生じ、棚の引き戸が開かなくなったりサッシに隙間ができたりとトラブルもあったと言います。
事務所外壁にあしらった金属のロゴはお父様の代から引き継いだもの
取材に応じる宇賀田さん夫妻
躯体の歪みや断熱性能の解決には、天井や床を剥がし、骨組みだけの状態にして行う大規模改修が必要です。しかし費用が高額なのに加え、数カ月に及ぶ工事の間の仮オフィスをどこに構えるかも大きな課題でした。
長年決断しあぐねていましたが、2023年、事務所のサーバー入れ替えのタイミングでついに工事を決断。仕事で関わりのあったRebornに依頼しました。建て替えも検討しましたが、希望する断熱性能で同規模の建物を新築した場合、解体費用も加わって改修の倍以上の金額になることが判明。トータルで考えて、大規模改修が最善であると考えました。
宇賀田伸彦さん:
「将来を考えると、今がタイミングだと思いました。私は今48歳。あと20年は事務所を続けたいと思っています。例えば家賃15万円の快適なオフィスに引っ越して20年入居すると考えれば、合計費用は3,600万円ですよね。その金額以下で自社ビルを快適に改修して維持していけるなら、決して高い買い物ではないですから」
所長の宇賀田伸彦さん
宇賀田さゆりさん
オフィスの断熱改修が少ない理由
仕事柄、多くの経営者と話す機会のある夫妻。「利益に直結しない事務所設備は予算をかけず、簡便で良い」と考える経営者が多いといいます。
伸彦さん:
「とはいえ、毎日働く場所はやっぱり暖かくて快適な方が良いでしょう? 高級車を一台買うと思えば、スタッフみんなが使うオフィスに予算を投じてメリットを分かち合う方が、お金の使い方として良いと思ったんです」
宇賀田さゆりさん:
「あくまで自己所有物件で、自分たちが使うオフィスだからできた決断だと思います。もし自分がビルオーナーで賃貸に出す立場だとしたら、わざわざ断熱改修はしないでしょうね。借り手が物件を選ぶ基準は、見た目のきれいさや広さ、設備。断熱性能で決まる快適さは目に見えないし、電気代などのランニングコストまで考えて借りる人は少ないですから」
賃貸物件の断熱性能を高めるとオーナーの初期投資が大きくなるため、賃料を上げなければ元を取れません。しかしさゆりさんが話す通り、住宅でもオフィスでも借り手が重視するのは間取りや広さ、駅からの距離など。断熱性能をアピールしても、相場より高い家賃を取ることは難しいのが現状です。
一方で法改正により、2025年度からは小規模な住宅やオフィスを含むすべての新築物件に省エネ基準適合が義務付けられるようになります。今後を考えれば、オフィス物件も断熱性能を高めることが重要です。
改修後のオフィス。レイアウトも変更しました
3カ月間の改修工事がスタート
南北に長い建物は2階が事務所スペース、1階の南側半分が駐車スペース、北側半分が書類などを収納しておく書庫という構成です。今回の主な工事内容は、断熱改修、躯体改修、2階の間取り変更、内外装リフォーム、太陽光発電パネルの設置。床も天井も一旦すべて剥がして骨組みだけの状態にし、躯体の歪みも修理しました。
外壁はグラスウール断熱材による付加断熱(内断熱と外断熱を同時に行う方法)のうえ、既存のALC(軽量気泡コンクリート)の上からスギ材貼りにリフォーム。経年と共に味わいを増し、住宅のような温もりが生まれています。
外壁はスギ材をスノコ状に貼る「ファサードラタン横貼り」に。ドイツで普及している手法で、傷んだ部分だけ手軽に交換できるのがメリット
断熱改修は、外壁と床材を剥がした床スラブに、断熱材として高性能グラスウールを105㎜厚で施工。1階部分が半屋外のガレージというピロティ構造のため、床下から冷気が侵入しやすいのが大きな課題でした。対策として床スラブの下も粒状のグラスウールを専用器具で300㎜厚さで吹き込み、断熱性能を高めています。
建物の長辺にあたる西側と東側にあった窓はほぼ撤去し、残した窓はすべてトリプルガラスの高断熱サッシに交換しました。
伸彦さん:
「窓が多いことで冬は寒いし夏の西日も暑かったので、いっそ窓をなくしてしまおうと。道路から建物の西側がよく見える立地なので、窓辺に物があるとごちゃごちゃして見えるのも悩みでした。東西を閉じても南側の窓から光が入りますし、そもそも朝から照明をつけて仕事をしているから暗さは感じません」
建物の西側外観。2階のオフィス部分はほぼ窓をなくし、すっきりとした姿に
家具のレイアウトはさゆりさんが担当。レイアウトアプリを使ったり、家具のサイズに合わせて紙で作ったミニチュアを図面上に並べたりしてシミュレーションを重ねた
オフィスの大規模リフォームで大きな壁になるのが、工事中の仮住まい問題です。今回の工期は約3カ月。それだけ短期間で賃貸契約できる物件探しは、かなりの難題です。
伸彦さん:
「短期賃貸借の契約ができるかに加えて、広さ、通いやすい立地、駐車場確保といった条件をすべてクリアできる場所を見つけるのは、かなり難しいです。今回私たちは、お客様が使わなくなった事務所を運よく使わせてもらうことができました。気心知れた方だったので、ありがたかったですね」
不動産会社に相談しても、なかなか見つかりにくいのが現状。知人の紹介も含めて検討することが必要になります。
事務所入口に続く鉄骨のらせん階段は既存の上から塗装。壁は外壁と同じスギ材貼りに
2階玄関。ドアは高断熱仕様に交換し、室内外でデザインを変えてローズマホガニー材貼りに。ポーチとの段差部分の木製ステップも今回製作
「事務所が一番快適」になった
工事完了は2023年の初冬。引っ越し後、さっそく断熱効果を実感したと言います。
さゆりさん:
「朝出社してドアを開けた時、真冬でも寒くないんです。エアコンを24時間稼働させているから、年間通して快適な温度に保たれていて。朝、快適な状態で気持ちよく仕事をスタートできるのは大きな変化でした。エアコンを24時間稼働というと『電気代が高いんじゃない?』と心配されますが、意外とそんなに変わりません。建物の断熱性能が高いから外気温の影響を受けづらく、少ない電力で適温がキープされるんですね」
改修前の冬は石油ファンヒーター数台とエアコンを併用していましたが、断熱性がアップしたことでファンヒーターは不要に。エアコンをオフィススペースに2台、応接室に1台設置し、合計3台で年間通して快適に過ごしています。
さゆりさん:
「ファンヒーターの灯油が残り少なくなると、アラームが鳴るじゃないですか。誰かが給油しなきゃってプレッシャーがあったけど(笑)、その手間やストレスがなくなったのは大きいですね。灯油の臭いもなくなり、広い意味で業務改善につながりました」
オフィス内の様子。夏も冬もエアコン2台で快適。正面奥は以前会議室だったが、間仕切り壁を撤去してオープンな所長スペースに変更。左手の引き戸奥が給湯室とトイレ
以前はオフィス奥にあった会議室をなくし、玄関の近くに広い応接室を設計してエアコンを1台設置。機密保持のため、来客スペースとオフィススペースを明確に分けた。中央の引き戸を閉めると2室に分かれる
伸彦さん:
「夏の暑い時期は事務所で過ごすのが一番。エアコンでガンガン冷やしているお店や会社にいるより、それはもう涼しいですよ。出先から帰ってきた人と社内にいる人が冷房の設定温度で揉めるなんて話をよく聞きますが、うちは温度が一定に保たれるからそんなトラブルもありません。冷風や温風で空気が動くことがないし、温度ムラもない。圧倒的に快適です」
スタッフの皆さんも、特に冬が過ごしやすくなったと話してくれました。
太陽光発電を導入したことで、エネルギーはオール電化に刷新。給湯室はガス給湯器から電気温水器に入れ替えました。ガスの基本料金と灯油代が丸ごとなくなり、年間トータルで見ると大幅な節約に。電力消費量がモニターで可視化されたことも、節約につながっています。
電力消費が可視化されたことで、意外と電力を消費していることが分かったのが外の電光看板。消灯を早めて節電するように
給湯室は位置を変えずに内装を一新し、ガス給湯器から電気温水器に入れ替えた。窓は位置と大きさを変えて高断熱サッシに
助成金は対象外に
断熱改修なので助成金を申請できるかと思いきや、面積が少ないため基準に満たなかったそう。太陽光発電パネルも搭載しましたが、発電量が助成金の基準より少なかったため、支給対象外でした。
伸彦さん:
「例えばサッシの内側にインナーサッシを取り付ける工事は助成金が出るのに、それより遥かに断熱性能が高くなる今回の改修には出ない。インナーサッシ設置や照明のLED化といった、分かりやすく環境に良いイメージがあるものが優先されるのが現実ですね。断熱改装の効果は数値で出せませんから。極端な話、実際に効果が高いかは関係ないし、工務店やハウスメーカーが申請しやすい制度に落とし込まれるという問題もある」
さゆりさん:
「省エネルギー効果は客観的な数値に表せないので、今回の工事が費用対効果に見合っているのかの判断は難しいところです。でも実際に過ごしやすくなったので、断熱改修をしてよかったと肌感覚で感じています」
玄関から廊下を進んだ先に、オフィスとつながるカウンターをデザイン。確定申告時などの書類はここで受け渡しを行うことでオフィス内の情報漏洩を防ぐ
応接室に置いた書棚は空間に合わせて造作
安心をもたらした太陽光発電
太陽光発電の導入を計画当初から希望していた宇賀田さん夫妻。オフィスの屋根に8.8kW分の太陽光パネルを搭載しています。住宅の場合、一般的に4〜5kW分のパネルで生活の電力をまかなえることを考えるとかなり多い印象ですが、 Rebornの設計士、塩原真貴さんはこう話します。
塩原さん:
「オフィスの場合、業務用サーバーやパソコンなどがあるため消費電力量は住宅より多いです。事務所でも住宅でも、発電量を迷ったらパネルをできるだけたくさん載せることをおすすめしています。余った電力は売電や蓄電ができますから。初期投資の高さを考えると迷うと思いますが、未来の電気代を先払いしていると考えると良い決断です」
宇賀田会計事務所のこれまでの発電量と消費量を見ると、11月から3月の冬季は晴天率が低く、エアコンの暖房稼働量も大きいため消費電力が発電量を上回りましたが、4月から10月は毎月約500kWhを売電しています。
屋根に設置した太陽光発電パネル。屋根は北に向かって傾斜しているため日当たりの条件は不利だが、発電量は十分(写真提供:G&Eかんぱにぃ)
建物の北側外観。屋根は南から北側に緩やかに傾斜している
さゆりさん:
「年間トータルでみると、冬の不足分と春夏に売電した余剰の電力量で、ほぼプラスマイナスゼロです。さらに社用車として日産の電気自動車(EV)『サクラ』を購入し、太陽光発電から蓄電して乗っているので、これまで使っていたガソリンが丸ごと1台分ゼロに。しかも環境に負荷をかけない太陽光発電ですから、数字以上に意味の大きさを感じます」
社用車の1台をEVに買い替え、太陽光で発電した電力をほぼ毎日充電
1階書庫に10kW分の蓄電池を設置。太陽光で発電した電力を蓄電している
昨今の電気代高騰により、節約の効果は予想以上。しかし、そもそも太陽光発電を導入したのは経済的な理由よりも「危機管理意識だった」と伸彦さんは振り返ります。
伸彦さん:
「気候変動や世界情勢が予測できない変化を遂げる現代、万が一のエネルギー危機に対応できる体制を準備しておくことが必要だと考えました。非常時に備えて、10kWの蓄電池も導入しています。
今後、電力が普通に手に入らなくなる可能性もあると私は思っています。突飛な話に聞こえますが、例えば夜間だけ電力の使用制限がかかるような事態は、今の社会の延長線上で十分に考えられますよね。そうなった時に最低限の発電・蓄電設備があれば、自分たちの日常を守ることができる。危機に対する自衛が、発電設備を導入した一番の理由です。もちろん、経済効率も計算した上で判断しました」
エネルギー問題は誰もが考えるべきテーマ。住宅でもオフィスでも、これからの安心、そして地球環境のことを考えて何ができるかを検討し選択することが大切であると感じました。
記者感想
お金をかけて賃貸物件の断熱性を高めても、借主に対するアピールにならないというお話が印象的でした。最近は断熱賃貸アパートが注目されていますが、賃貸住宅でも断熱性はまだ二の次。2025年の法改正によって新築物件すべての断熱性が上がるのは良いことですが、オーナー側も借主側も金銭的負担が増える可能性が高く、補助金などのサポート体制に注目したいと思います。環境に対する負荷を抑えて暮らそうとすると、経済的負担が増すのが日本の現状です。例えばEV購入を断念する人の理由の多くが、ガソリン車より車体価格が高い点。個人に努力を委ねるのは限度があり、国としての体制作りが重要だと思います。