子どもたちの教育のため東京から佐久市へ移住し、住まいの新築を計画した庄司さん家族。断熱性能が高く自然エネルギーを生かした住まいを目指し、さまざまな住宅メーカーや工務店を研究し尽くしました。一度はドイツ生まれの設計メソッド「パッシブハウス」に惹かれましたが、施工を依頼できる会社が見つからず断念。そんなとき、Rebornの「Q1.0住宅」に出会います。
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深く低い軒がつくる心地よい室内
「Q1.0住宅」でも「パッシブハウス」でも、重要なのが軒の設計です。立地条件や方角、窓の大きさを加味して適切に設計された軒は、夏は日射を遮り、冬は積極的に取り込んで活用することで、心地よい室内をつくります。
この軒を通常より深く、かつ勾配させて設計することが夫妻の希望でした。
妻:
「東京で住んでいたマンションの日当たりがよくて、冬でも暑いぐらいだったんです。長野では薪ストーブの導入を考えていたのでさらに暑いんじゃないかと心配で、日差しをがっちり遮ってくれる軒にしたかった。これまで相談したどこの住宅メーカーでも『軒の勾配は夏至の太陽高度に合わせて設計しています』と説明されましたが、いやいや暑いのは夏至だけじゃない、5月や9月の日差しも暑いよ!と思っていました(笑)」
Rebornの設計担当の塩原真貴さんと何度も相談を重ね、南側の軒を5寸勾配(約26.6度)に設定。室内に出入りできるギリギリの高さまで軒先を下げて、室内への日射を遮りました。
さらに軒の奥行きを約2.7mと深くとり、軒下にゆったりとしたデッキテラスをつくっています。深い軒に守られたスペースは屋外ながら室内のように気持ちがよく、ハンモックに揺られて昼寝をしたりお茶を飲んだり、子どもたちの遊び場や生協の配送品置き場になったりと、使い勝手のよい空間。ストーブに使う薪を外から運び入れる時は、ここから出入りできるのも便利です。日本家屋の縁側のように多目的に使えて、ハワイのラナイのように心地よく過ごせます。
軒下にハンモックを吊って大人も子どももくつろげる場所に
広いデッキテラスは住まいの顔。ファサードにアクセントを添えます
建築基準法上、屋根のあるデッキテラスは奥行き1mを超えると床面積に算入されます。建蔽率の制限によって得られる床面積は上限があるため、室内を少しでも広くつくろうとするとテラスの優先順位は下がり、面積も小さくなりがち。けれど庄司さん家族はテラスを「快適な屋外」と位置づけ、優先して設計に取り入れました。庭に出なくても風や気温を感じられて、日差しも遮ってくれるため気持ちよく過ごせます。季節を感じるテラスの時間が暮らしをより豊かにし、庭に親しむ時間も自然と増えます。
深い軒で南からの光を遮ることで、室内は1日中落ち着いた明るさで安定しますが、やや暗くなることがネックになりました。解決策として塩原さんが提案したのが越屋根。2階の屋根の一部を立ち上げて窓を設置し、採光を確保しています。
外から見た越屋根部分。屋根の一部を立ち上げ、開口を設けています
越屋根に設けた横長の窓から吹き抜けを通じて1階まで光が注ぎます。電動ブラインドで光の遮蔽が可能
妻:
「暮らし始めてみると、日中は北側の仕事部屋で過ごしているので、越屋根からの光を優雅に楽しめていなくて(笑)。せっかく晴天率が高い佐久に住んでいるのだから、冬はもっと日射が入るようにした方が気持ちよかったかなと思うこともありますね。特に3月の終わりごろは、ストーブを焚こうか迷うんですよ。昼間の日射があまり入ってこなくて、家の中がわりと冷んやりするから。日中でも、外の方が少し暖かく感じるぐらいです」
断熱性を高めたことで家の中の温度が一定に保たれると考え、妻の在宅ワーク用の部屋を住まいの北側にレイアウト。しかし実際に暮らしてみると、やはり寒さを感じることもあるのだそう。
妻:
「デスクワークを続けていると足が冷えるので、冬は補助的に電気ストーブを置いています。とはいえ、仕事用スペースでも室温18℃ぐらいはあるんですけれどね。暖気がたまる2階より4℃ぐらい低いので、朝2階から下りてくるとどうしても寒く感じてしまう。贅沢な悩みです(笑)」
パントリーの奥の仕事部屋。造作デスクの前面にL字型に設けた窓からは浅間山が見えます
住まい中心に設置した薪ストーブ。吹き抜けを通じて住まい全体を暖めます
メイスンリヒーターで家じゅうずっと暖かい
暖房に選んだのは、蓄熱型薪ストーブ「メイスンリヒーター」。決め手は、塩原さんへの信頼でした。
妻:
「塩原さんが少年のように、薪の不思議な魅力を語ってくれたんです。そこに共感しましたね」
夫:
「最初は薪ストーブ、ましてやメイスンリヒーターなんて考えてもいませんでした。でも塩原さんが、『薪ストーブの輻射熱(※)はエアコンの暖房とはまったく違う良さがあるよ』と話してくれて。せっかく長野で暮らすのだから、東京ではできないことをしても楽しそうだなと思う気持ちもありました」
※熱源から放出される赤外線のことで、空気中を通って直接届く熱
薪を燃やすとレンガで組まれた本体に蓄熱し、そこから放出される輻射熱で長時間じっくり室内を暖めるのが、メイスンリヒーターの仕組みです。
ダイニングの広いスペースにゆったりと配置
大きなガラス窓からは燃える炎の姿が見えます
妻:
「冬は1日1回、夕方か夜に薪をいっぱいに詰めて焚きつけます。1時間半ぐらいかけて燃やし切ったら、何もしなくても翌日の夕方まで家全体が暖かい。天気予報をチェックして、気温がすごく低そうな日は朝もう一度焚くこともあります。1台で家全体が十分暖まるし、なにより炎を見ているだけで満たされるんです。ずっと眺めていられますね」
寒さを覚悟して移住しましたが、温暖化の影響か「地元の人に聞くと、この辺りも近年は寒くないそうなんです」とのこと。2022〜23年の冬も、1月末の大寒波を除けばマイナス10度を下回る日は数えるほどだったそう。
夏は2階に設置したエアコンを27度に設定して、24時間稼働。冷たい空気は下に下りるため1階も快適です。2階の寝室で眠るときはサーキュレーターを回して冷気を循環させれば、寝苦しく感じることはなかったと振り返ります。
夫:
「日本には昔から、暑さや寒さと付き合いながら過ごすことに風情を感じる文化がありましたよね。でもこの家で暮らしていると室内の温度が一定なので、暑さや寒さで季節を感じることが少なくなりました。かえって、外に出たときは敏感に気温を感じるようになったと思います」
焚き付けは主に妻が担当。燃える薪の香りも心地よさの一つ
ストーブのダイニングテーブル側にはオーブン機能も。タイル業者が余ったタイルを貼ってくれました
薪は、自然の循環を担うもの
エネルギーの価格が軒並み上昇し、住まいにどのエネルギーを選ぶべきかが大きなテーマになっている昨今。消費エネルギーの大部分を占める暖房に薪を選んだ庄司さん夫妻には、コストにとどまらないさまざまな思いがありました。
妻:
「薪はバイオマス(動植物などから生まれた生物資源)であり、捨てられるはずだった木をエネルギーとして再利用するからエコロジカルです。我が家はいわゆるゼロエネ住宅のように太陽光発電は選んでいませんが、すごく良い選択をしたと思います。もし災害で電気が止まっても、家の中に火を燃やせる場所があるのは安心です。なんとかなる、という心強さがある。
薪に触れていると、自然の一部であることを実感するんです。虫が出てくることもあるし、トゲが刺されば痛い。でも薪の暖かさは格別です。香りもいいんですよ。けむいときもありますが、人工的な臭いとは全然違う。やっぱり、火は偉大だなと感じます。
うちの子どもたちも、薪の炎が大好きです。大日向小学校では冬になると学童保育で日常的に焚き火をするんですが、お芋を焼いたりネギを焼いたり、毎回満喫していますね」
夫:
「薪は、県内の山から出たものを買っています。地域で小さな経済を回すという意味でもよいことだと思います」
「ゆくゆくは自分で丸太から薪をつくりたい」と話す夫
子ども部屋に面した大きなドレーキップ窓は、ストーブ燃焼時に内倒しに開けて上から給気する役割も
太陽熱を給湯に生かす
もう一つ、塩原さんの提案で導入したのがドイツ生まれの太陽光集熱器「LATENTO(ラテント)」を使った給湯システム。屋根の上に設置した集熱パネルで太陽熱を集め、住戸内に設置した貯湯タンク内の水を温めます。温めた水をそのまま使うのではなく、お燗のように給湯用の水に熱移動させる仕組み。太陽光発電に比べてマイナーなシステムですが、太陽の熱を電気に変換するのではなく熱のまま生かすため、シンプルで効率的です。
夫:
「佐久は晴天率が高いので、太陽光は活用したいと思っていました。太陽光発電はつくった電気を電力会社に売る方法が主流で、自宅で使うためには蓄電池が必要。導入は、蓄電池の価格や容量、グレードが安定するのを待った方がいいと判断しました」
屋根の上に搭載した「LATENTO」の集熱器
左奥の玄関ホールの収納の裏側に「LATENTO」のタンクを設置
妻:
「太陽光発電は、発電しても電気代を数字の上でペイするだけ、という仕組みがなんとなく腑に落ちなかったんです。それに太陽光を電気に変えるのはものすごく複雑に感じるけれど、太陽熱をそのまま不凍液で持ってきてタンクの水を温めるLATENTOは、仕組みがすごく分かりやすい!(笑) 自分でイメージできたことは大きかったですね。温めたタンクの湯をそのまま口にしたり使ったりするのではなく、熱を移したお湯が蛇口から出てくる仕組みもいいなと思いました。
ただすでにメイスンリヒーターの導入を決めていたので、イニシャルコストを考えると迷いましたね。どんなにエコロジカルでも、初期投資が大きすぎる。キッチンでは絶対にガスを使いたかったので、ガス、電気、薪、さらにもう一つ別のエネルギーが加わることにも迷いました」
確かにLATENTOの初期投資は150万円ほどかかりますが、ガスや灯油で給湯をまかなうことを考えると「4人家族なら10年ほどで回収できる計算です」と塩原さん。
夏の暑い日はLATENTOのタンクの湯が熱くなりすぎるため、長時間使わずにいると機械に不具合が起こる場合があるとされます。庄司さん家族の場合は在宅ワークで働く妻が昼間も洗濯に使うため、今のところ特に問題はないのだそう。
妻:
「佐久は地下から上がってくる上水がすごく冷たいので、LATENTOでも太陽熱に加えて補助暖房が必ず起動して、適温のお湯をつくります。補助暖房の熱源はガスを選びました。季節によって水温が違うので使用量の増減はありますが、トータル量を考えると以前の家で使っていた量から大きく減りましたね。ガス乾燥機をほぼ毎日ガンガン使っているしキッチンもガスコンロですが、ガス代は月1万円ほどです」
グラタンにケーキにと活躍するイタリア製のガスオーブン
大容量のミーレの食洗機をビルトイン。使った食器は自分で入れるルール
エネルギーの仕組みを理解して、子どもたちに伝えること
夫:
「LATENTOは仕組みが分かりやすいし、自然エネルギーを活用しているので“得している”という感覚があります。実際は電気もガスも使っているんですが、自然エネルギーの割合が高いことは気持ちの上で安心です」
妻:
「化石燃料をまったく使わない生活は、正直なところまだ難しいですよね。自然エネルギーを活用することで環境に貢献している気分、得した気分に何となくなっているけれど、100%切り替えることはできない、ごめん!という気持ちです(笑)。
エネルギー問題にはこれからずっと向き合っていかなければならないし、子どもたちとも話していかなければいけない。我が家は薪ストーブも太陽集熱も、エネルギーの流れを自分の言葉で子どもたちに伝えることができます。それは、すごく大切なことだと思う。住宅メーカーに全部お任せして『多分こんな仕組みなんだろうな』と曖昧な理解のままで暮らしたくはないから」
小学校の保護者仲間と一緒に、自然エネルギーの勉強会や校舎の断熱工事ワークショップを企画運営している妻。環境のためにも自分たちの暮らしのためにも、持続可能なシステムをつくること。その姿勢が、暮らしをデザインする発想につながっています。
記者感想
取材前に平面図を見ると、初めて見るタイプの珍しい間取り。どんなお住まいなのだろうと楽しみに訪ねてみると、ユニークな間取りながらおおらかな空気感で、初めてなのに不思議なほど落ち着きました。考えてみると、引き戸で区切る間取りや土間のある空間が、昔ながらの日本家屋と重なるからかもしれません。空間の余白や名前のないスペースも多く、「どこでどのように過ごしてもOK」という自由な空気感が伝わってきました。
インタビューで印象的だったのは、地域コミュニティのつながりの強さ。特に小学校の保護者仲間の絆は強く、暮らしに関わるテーマで保護者が参加する勉強会やワークショップを開いたりと、学校がソフトでもハードでも重要拠点になっているようです。移住後、子どもだけでなく親同士も豊かなコミュニティを育むことで地域に根づくことが、佐久という街の魅力につながるのではないかと思いました。
ライター:石井妙子
写真:FRAME 金井真一