家族の記憶が刻まれた住まいは、この世に一つの愛着ある場所。リノベーションでアップデートしながら住み継ぐ人も増えています。今回インタビューしたFさんご家族も、ご主人が生まれ育った築70年の愛着ある住まいを住み継ぎたいと願っていました。しかし、リノベーションをするためには高い壁があることが判明。悩み抜いた末、建て替えることを決断します。
思い入れのある実家での暮らし
グリーンの片流れ屋根に、味わいある表情に経年変化したレッドシダー材の外壁。Fさんの住まいは、山小屋のような素朴な佇まいが印象的です。
奥様:
「近所のお子さんがこの家を気に入ってくれて、保育園に行きたくないとぐずる朝も、『あの緑のおうちまで行ってみよう』と親御さんが誘うと、喜んで歩いてくるそうなんですよ(笑)」
北から南へ傾斜する片流れ屋根。以前より地盤面を高くして日射を取り込む設計に。玄関にはデッキ階段を上ってアクセス
経年で深みのある色と質感に変化したレッドシダー材の外壁
光が注ぐ吹き抜けのLDKは明るく伸びやかな空間。リビング南側には、愛犬の空太くんが遊べる広いデッキテラスがあります。ダイニングテーブルに座って庭やテラスに訪れる野鳥を眺める時間が、奥様の楽しみなのだそう。
愛犬・空太くんの名付け親はご主人。縁あって台湾から飛行機で空を渡ってきたことが由来
ダイニングテーブルに座った時やキッチンに立った時、空や庭が見えることで心が豊かに
ここはご主人が生まれ育った場所。かつて、築70年を数える実家が立っていました。長年千葉で暮らしていたFさん家族は、ご主人の定年退職を機に2007年に長野へUターン。ご両親はすでに他界していましたが、思い出深い実家に暮らし始めます。
奥様:
「古くて、趣がある家でした。木枠の窓や無垢板の天井、階段は段差がこーんなに高くて大変なんだけど(笑)、それもおもしろくて。夫は教師だったので教え子や仕事仲間だった方がよく遊びに来たんですが、来た方みんな『いい家ですね』と言ってくれましたね。薬剤師だったおじいちゃんが選んだ西洋家具や、おばあちゃんが愛用していた箪笥や台所道具も素敵で、受け継いで大切に使っています」
取材に同席してくれた長女のMさんにとっても、「おばあちゃんの家」は子ども時代からの思い出が残る特別な場所だったと言います。
Mさん:
「夏休みや冬休みは、長野のおばあちゃんの家に帰省するのが家族の定番でした。だから昔から、“自分たちは長野の人だ”という感覚があったんです(笑)。冬はみんな、こたつと火鉢のまわりに集まって過ごしましたね。暖かい場所がそこだけだから(笑)」
お祖父様が所有していた西洋家具を大切に引き継いで
現在は関東圏に暮らす長女のMさん(左)にとっても、長野は愛着ある場所。今もたびたび実家を訪れる
思い入れがあるからこそ、不便さも受け入れた
かつては「おばあちゃんの家」として、Uターン後は家族の第2章の住まいとして。思い出が詰まった家ゆえ、建て替えずに住み継ぐことは自然な流れでしたが、日々暮らす中で不満や不安も多くありました。
筆頭は、断熱性と耐震性の低さです。冬は足元からの底冷えがつらく、「頑張れ!と自分を奮い立たせて、なんとか台所に立っていました」と笑う奥様。当時の住まいは東西南北すべてに縁側や窓があり、そのほとんどが薄い単板ガラスの古いサッシ窓。障子戸や雨戸もありません。暖房の熱が窓からどんどん逃げてしまうだけでなく、セキュリティの面でも不安でした。
玄関には以前の住まいから愛用する靴箱を。無垢材を使った玄関ドアはRebornオリジナル
「新しい住まいは、真冬も格段に過ごしやすくなりました」と話す奥様(右)
部屋数は多かったものの、日常的に過ごす部屋は限られています。使わない部屋は外気より温度が低く、行き来することもおっくうでした。
奥様:
「お風呂はユニットバスではなく、職人さんがタイルを貼ってくれた在来工法でした。その寒さと言ったら、お風呂に入るのに毎回気合いがいりましたね(笑)」
現在は断熱性が高いユニットバスなので冬も快適。洗面脱衣室はハイサイドライトで視線を遮りながら光を取り込む
寝室には衣類の収納スペースを広く確保
室内が1日中暗いことも悩みでした。南側を隣家に近接し、さらに建物の周りをぐるりと縁側が囲んでいたため、室内までなかなか光が届かないのです。朝起きたら最初に照明を灯し、冬はストーブの電源を入れる。部屋が暖まったらようやく1日のスタートです。
耐震性への不安も大きく、ご主人と「地震が来たらどうしよう」とたびたび相談していたそう。しかし断熱と耐震を見直すには、構造から変える大がかりな改修工事が必要です。「愛着ある住まいを大きく変えたくない」というご主人の思いもあり、なかなか決断には至りませんでした。
奥様:
「たとえ不便でも、主人にとっては思い入れがある家。ならば“暮らす器”として心地よくしつらえようと、こつこつと小さな改修を加えました。職人さんにお願いして室内の壁に珪藻土を塗ってもらったり、キッチンをリフォームしたり。そうそう、古い台所の頃は色んなものがネズミにかじられていたんですよ(笑)」
寝室の収納棚は、35年ほど前に奥様の地元・木曽の木工職人に特注したレコード棚。今は雑誌や雑貨を収納
家族の写真を飾った思い出のコーナー
「改修は新築より難しい」という現実
そんな中、建て替えに向かって背中を押したのは、離れて暮らす子どもたちでした。長女のMさんは当時、仕事で台湾に在住。離れていることもあって両親の健康や安全を心配する思いが強く、「まずは住まいのプロに相談してみよう」と行動を起こします。
Mさん:
「この家に必要なのは断熱性と耐震性だということは、はっきりしていました。キーワードで検索して見つけたのが、“断熱職人”を掲げるRebornさんだったんです。同じ県内ですし、まずは見に来てもらおうと連絡を取ったのが始まりでした」
デッキテラスは空太くんと遊んだり、野鳥の餌場になったりと大活躍
3年点検に訪れたRebornの設計士、塩原真貴さん(右)と奥様、長女のMさん
Rebornの設計士、塩原真貴さんが現場を訪れて最初に行ったのはインスペクション(建物の劣化や不具合の状況を調査・診断すること)。その結果、なんと建物と地盤をつなぐ基礎がなく、石やブロックの上に建物が載っただけの状態であることが判明。1階の床板のすぐ下が地面で、床下から冷気がダイレクトに上がってくる状態であることも分かりました。
昔は囲炉裏があったため、防火策として地面と直接つなげていた可能性があるそう。石とブロックの上に建物が載っていたのは、かつて道路拡張工事の際に建物を水平移動する「曳家(ひきや)」を行ったことが理由だと考えられました。当然、耐震等級は低く、補助金も申請できない状態です。
Mさん:
「漬物石のようなごく普通の石に建物が載っている事実を知った時は衝撃でした。床下をのぞくと石が見えると思ってはいたんですが、やはりそうだったのかと」
床下点検に向かう塩原さんと見送る空太くん
新しい住まいは基礎部分に予算を投じて設計。地盤面も約50㎝上げた
同時に、「建て替えより改修の方がお金がかかる」という事実も判明します。特に耐震補強に相当の工程が必要となるためでした。
ご主人が育った家であり思い出も詰まっているからこそ、できるなら直して住み継ぎたい。その思いから、家族で何度も話し合いました。改修にしても建て替えにしても多額の費用が必要になるため、資金計画も課題に。
さまざまな悩みに結論を出し、Rebornに建て替えを依頼したのは最初の相談から2年後のこと。特に耐震性能は命に関わるため、「思い出にこだわって寒さや不安を我慢するより、快適と安全を優先しよう」と家族で意見が一致したのです。
建物のフォルムも印象的。経年変化した色合いが青空に映える
庭の花を摘んで生けることも、奥様の小さな楽しみ
光が満ちる住まいへ
建物を調べたところ、周囲の地盤より1mほど低い位置に家が立っていることが分かりました。建物の部分だけ地面がくぼんだ状態のため全体が隣家より低く、光が入りにくくなっていたのです。
そこで塩原さんが提案したのが、元の地盤の上に一般的な基礎よりも高い高基礎(たかぎそ)を設け、建物の周囲に盛り土を行う「総掘りベタ基礎工法」でした。「地盤調査の結果から、盛り土をした上に基礎をつくるよりもリスクが低いと判断しました」と塩原さん。断熱にも影響はありません。この工法によって床面が以前より1m以上高くなり、隣家に面した南側からも十分な光を取り込めるようになったのです。
奥様:
「夢のようでした。太陽の光を感じる家に暮らせることが、とても嬉しい。以前の家は朝から照明をつけることが当たり前でしたから。塩原さんがものすごく考えてくださって、私たちには思いつきもしないことを叶えてくれたことに、とても感謝しています。徹夜で考えたっておっしゃっていましたね(笑)。しかも希望の予算内。大手のハウスメーカーでは、とても実現できなかったと思います」
光が注ぐLDKの窓辺。高断熱ゆえ、無垢材フローリングの床は冬も冷たくない
キッチンはお祖母様から受け継いだ左の食器棚の幅に合わせて設計し、右のスペース幅に合わせてオープン棚を製作
当初、家族がイメージしたのは部屋数を最小限にした平屋の住まいでした。けれど塩原さんが提案したのは「コンパクトな2階建て」。将来、子どもたちの誰かが住み継ぐ場合や売却する場合を考えると、平屋よりも可能性が広がるためです。現在も、お子さんが遊びに来た時は2階で過ごしています。
Mさん:
「設計中はコロナ禍だったので、私は台湾からリモートで打ち合わせに参加しました。間取りは基本的に塩原さんにお任せしましたが、家族のことを考えて親身に相談に乗ってくださいましたね。私も一般的な知識はネットなどで調べましたが、塩原さんには経験からくる知恵がある。ずいぶん助けてもらいました」
建築面積約16坪、延床面積約23坪の住まい。1階で生活が完結するよう、LDKと水まわり、寝室をコンパクトにレイアウトしています。2階には来客用の個室と広いホールを。1階と吹き抜けでつながるホールは日当たりがよく、洗濯物干しスペースとして活用しているそう。
奥様:
「2階は普段使わないので、お掃除も1階だけでいい(笑)。本当にちょうどいい広さです」
吹き抜けに面した2階ホールには、お祖母様の嫁入り道具だった愛着ある箪笥。今も現役で使っている
洗面脱衣室の照明は、奥様が長女のMさんと一緒に選んだアンティーク風
窓が住まいを豊かにする
空間は以前よりコンパクトですが、おおらかな吹き抜けと窓から注ぐ自然光、空の眺めが開放感をもたらして、のびのびと過ごせます。奥様の定位置は、日当たりの良いダイニングテーブル。以前はなかった庭ができたこと、空が見えるようになったことで、新しい楽しみも生まれました。
奥様:
「野鳥がたくさん来るんです。セキレイやスズメ、もっと大きな鳥も。お隣の家の屋根に止まる姿もかわいいし、デッキにリンゴやお米を置いておくと、鳥がたくさん遊びに来るんです。この間は庭のモミジに巣をつくって、ヒナが4羽生まれてね。巣立つ瞬間を見守ったんですよ」
南側の庇は高めに設計し、日射を効率的に取り込んでいる
光がさんさんと降り注ぐダイニング。フローリングは無垢カバサクラ材
この窓は、日射の熱と光を最大限に生かすべく設計されています。高断熱サッシを使うのはもちろん、庇の高さや角度も隣家との関係を踏まえて緻密に計算。以前は夕方になるまで室内に光が届きませんでしたが、今では冬も晴れていれば太陽熱で室内は暖か。床からの冷気もないため、石油ストーブ1台でLDK全体が温まります。夏は、2階に1台設置しているエアコンを運転すれば快適に過ごせるそう。
奥様:
「以前は冬に人を招くのは寒くて気が引けたのですが(笑)、今は暖かいから気軽に招けます。それも嬉しい変化ですね」
電気代は毎月3,000円程度におさまり、灯油代も以前より減りました。「ただ、空太がストーブ大好きで。暖かい日もつけてってストーブの前でせがむんですよ」と笑います。
Mさん:
「住まいが快適になったから、コロナ禍で離れている間も安心でした。母いわく、この家に住んでから風邪をひいたことがないそうです! 私たち家族も安心で、本当に建て替えてよかったと思っています」
ファンヒーターの前が空太くんの特等席
キッチンも日当たり抜群。勝手口からデッキテラスにつながる
記憶を伝える思い出の家具
新築ながら、全体に落ち着いた雰囲気が漂う住まい。その理由の一つが、以前の家から引き継いだいくつもの家具や道具が、今もいきいきと暮らしをつくっていることです。
Mさん:
「祖父母や父の思い出が詰まった家を壊してしまうことに、どうしても申し訳なさがありました。だからせめて、家具や道具を半分ぐらい残そうと。そう決めることで気持ちに区切りをつけたかな。古い家には、祖父が自分で絵を描いた襖だとか古い灰皿だとか、おもしろいものも多くて。すべては難しいけれど、できるだけ残すようにしたんです」
リビングに置いたテーブルは、もともと台所の作業台だったもの。上に置いた小さな棚は、お祖母様の裁縫箱
食器棚には昔から愛用する食器が並ぶ
LDKに置いたベンチの座面に使ったのは、亡きお祖母様が和裁の作業台にしていた無垢の一枚板。世界に一つのオリジナル家具です。
奥様:
「この板には思い出があって、捨てられなくて。何かに使えませんか?と相談したら、Rebornの職人さんがベンチにしてくれたんです。表側には裁縫でついた傷がたくさん残っていたから、裏面を座面にしてくれました。味わいがありますよね」
お祖母様の和裁の作業台を生まれ変わらせたベンチ
見事な無垢の一枚板に、生活の記憶が刻まれている
キッチンの食器棚も、お祖母様の代からこの家の台所を見守ってきたもの。「使い続けたい」という奥様の思いを受け、この食器棚のサイズを踏まえてキッチンを設計しました。新たな空間に、しっくりとなじんでいます。
洗面スペースで存在感を放つレトロなミラーは、薬剤師だったお祖父様が仕事でもらいうけたもの。以前の家の洗面室でも使っていた思い出の品です。
奥様:
「傷も汚れもあったから、塩原さんに『残す価値ある?』と聞いてみたら『あるよ!』と即答してくれて(笑)。枠を塗り直して、ここにつけてもらいました。こうして見ると、傷も味わいですね」
大切に受け継いだ食器棚は深い飴色に変化
お祖父様を思い出すミラーには、アンティーク風の照明をコーディネート
さらにお祖母様の嫁入り道具の桐ダンス、台所で作業台にしていたテーブル、たくさんのカゴや食器……。どれもきちんと手入れを重ねられたおかげで、今も現役。大切に使われてきたことが伝わってきます。味わいと思い出が詰まった物たちの存在が、ここにしかない空気を紡いでいます。
長く使える良質なものを選び、大切に使い続ける感性は奥様にも受け継がれています。現在使っているシステムキッチンは、以前の住まいのリフォーム時にご主人がプレゼントしてくれたもの。そのまま移設し、愛用しています。
丸みを帯びたデザインに懐かしさが漂うシステムキッチンはタカラスタンダード製
奥様手製の漬物
リビングに置いているイギリス製のライティングビューローは、Mさんが子ども時代に学習机として買ってもらった物なのだそう。
Mさん:
「母が『長く使えるものにしなさい』と、これを選んで。当時は友達と同じような勉強机がほしかったから泣きそうでしたけれど(笑)、思い返せばずっと使っていますね。そういったものが、我が家にはたくさんあるんです」
今も現役のライティングビューロー
お祖母様の代から使っている箪笥は、年月と共に深みのある色に
建物が姿を変えても、思い出が随所に宿る住まい。Fさん家族の第3章が、ここで紡がれています。
奥様:
「この家で安心して暮らせることがありがたくて、日々幸せを感じています。子どもたちにも応援してもらって素敵な家をつくってもらったのだから、長生きしたいですね」
記者感想
かつての住まいの思い出を、楽しそうに話してくれた奥様と長女のMさん。形はなくなっても、家族の記憶に残り続ける住まいという存在の大きさを感じました。奥様が家を「暮らしの器」と表現したように、場所と日々の営みが織りなす記憶が、その住まいにしかない価値をつくるのだろうと思います。これからは新しい住まいが、Fさん家族の記憶に残る存在になっていくのでしょう。
ライター:石井妙子
写真:FRAME 金井真一