家を建てる経験は多くの場合、人生に一度きり。住まいは毎日の暮らしのうつわであり、人生最大級の買い物だからこそ「後悔したくない」と思うのは当然のこと。家族で迷って話し合って、時にはもめたり、何かを諦めたり。家づくりの過程には、住み手の今とこれからが詰まっています。
今回取材した間澤一樹さん、優雅(ゆうが)さん夫妻も「妥協せず納得いく住まいを作りたい」と、3年かけてじっくりリサーチを重ねてきました。Rebornに出会って計画がスタートしてからも、設計担当者の塩原さんいわく「完璧主義」の2人は細部まで迷い、こだわり、時には立ち止まりながら、自分たちらしい住まいを完成させました。
住まいの中心は暖かなリビング
南から光が降り注ぐリビングで遊ぶ間澤さん家族。最近は、長男の景基(ひろき)くんのリクエストによるトランプ遊びがブームです。
南向きのリビングは、床に直接座っても温かくて心地いい。1階は柔らかな色の無垢カバザクラ材フローリングを使用
約12畳と広いリビングダイニングはソファを置いていないため、いっそう伸びやかな印象。景基くんのプラレールも思う存分広げて遊べる
一樹さん:
「間取りを決める時に『冬はこたつで過ごしたい』と思って、和室を広めに作ったんです。でも実際に暮らしてみると、リビングのフローリングがすごく気持ちよくて。床暖房も入れていないのに温かいから、こうしてリビングで過ごすことが多いんですよね」
優雅さん:
「晴れた日にカーテンを開けて太陽の熱を取り込んでおくと、夜になってもまだ暖かいんですよ。以前暮らしていたアパートでは考えられなかったんですが、真冬も裸足で過ごせる。家に帰ったら、まず靴下を脱ぐことが家族の習慣になりました」
当初は「リビングといえばソファ」というイメージで置いてみたものの「狭くなるし、つい上に物を置いてしまうから」と、潔く撤去することに
リビング横の和室はこたつを置いてくつろぎスペースに。両親が泊まりにくることも考えて6畳の予定を8畳に変更した
年間を通じて晴天率が高い飯田市の気候を生かすため、南側に大きな窓をレイアウト。太陽熱を適切に取り入れる設計に加え、住まい全体をムラなく暖めるのが暖房器具として採用している温水パネルヒーターです。各部屋に1台ずつ設置するだけでなく、リビングダイニングの窓辺にも注目。床下にパネルヒーターを埋め込み、窓辺の空気を温めています。
大きな窓は開放的な反面、冬は冷たい空気が入りやすく、コールドドラフト現象(窓辺で冷やされた空気が下流気流となり、足元に流れたまっていくこと)が起こります。侵入した冷気を窓辺で温めることで、家の中を冷やさない「水際対策」の役目を果たしているのです。
優雅さん:
「ここの温度を高めに設定しておくと、やっぱり家の中が冷えにくいですね」
窓の手前の床面に見える白い部分が、床下に埋め込んだパネルヒーターからの輻射熱を伝える
トイレや脱衣室も含めて、すべての部屋に温水パネルヒーターを設置。冬は24時間稼働させることで家じゅうが同じ温度に保たれる
一樹さん:
「パネルヒーターは調整の加減に少しコツがいるんです。石油ファンヒーターのように分かりやすく温風が出るわけではなくじわじわ暖まるので、体感を元に微調整していくイメージですね」
優雅さん:
「住み始めて2年間ほどは、パネルヒーターの使い方に試行錯誤しました。灯油を節約したくて温度設定を低めにしてみたり、暖かい日はさらに温度を下げてみたり……。3年目になってようやく、さじ加減をつかめた気がします。例えば夜に帰宅した時の室温が20度ぐらいだと、そのまま一晩越せば翌朝には温度が下がってしまうことが経験で分かるから窓辺のパネルヒーターの温度を高めにしておくなど、事前に対策できるようになったかな」
脱衣室に設置したパネルヒーターは明るいオレンジのタオルウォーマータイプ。タオルをかけておくとじんわり温まり、使った後にかけておくと乾きやすい
玄関ホールに設置したのは、雪や雨で濡れた帽子をかけて乾かせるフック付きタイプ
木を使った暖かな家に住みたい
長野県出身の一樹さんと、兵庫県出身の優雅さん。兵庫で出会って結婚し、数年たった2012年、一樹さんの地元・飯田市へUターンしました。
アパートで暮らしながら、少しずつ新築計画をスタートさせます。敷地は、一樹さんの実家が以前柿畑として使っていた場所。そこに建てることが決まっていたため、設計と施工の依頼先のリサーチから始めました。
希望は「良質な天然木材を使った暖かい家」。石油由来の化学物質を使った新建材ではなく、できるだけ無垢材を使った家で暮らしたいと考えました。
一樹さん:
「ハウスメーカーや工務店のモデルハウスに入った瞬間、奥さんが『接着剤の臭いがする』と気分が悪くなってしまうことが何度かあって。僕は鈍感なので気づかないんですが(笑)。できるだけ化学物質を使わない材料で作った家を作ろうと決めていました」
壁は全室、天然の塗り壁材である西洋漆喰仕上げ。2階の天井と壁は夫婦でDIYで塗装した。洗濯物は日当たりのいい2階ホールで室内干し
2階の床は、節ありの無垢ヒノキ材で温もりのある印象に。壁づけのサーキュレーターは夏にエアコンの冷気を循環させるために設置
出産を機に改めて話し合ったのは、「冬暖かく、できるだけ省エネルギーで暮らせる住宅を作ろう」ということ。ただし優雅さんは自然エネルギーの活用に興味を持っていたこともあり、エアコンによる暖房は当初から考えていませんでした。
優雅さん:
「飯田で暮らし始めてから、肌がすごく乾燥するようになったんです。原因はおそらく、エアコンやファンヒーターの温風。こうした暖房器具ではなく太陽熱を生かして暖かくする家にしたいと思っていました。飯田は全国的にも日照率が高い地域ですから」
南向きの気持ちのいいデッキテラスでは子どもと遊んだり日向ぼっこをしたり、夏はビールを飲んだり
日当たりの良さを生かして干しキノコ作り
自然の力で通気を促す「通気断熱WB工法」に興味を持った時期もありましたが、調べてみると空気循環がいい反面、冬は寒いとの情報を得て断念。さまざまなモデルハウスへ足を運んだり地元の工務店を調べたり、インターネットで最新情報を検索したりと試行錯誤の日々を過ごします。景基くんが生まれてしばらくの休止期間を挟みつつ、リサーチは3年間に及びました。
Q1.0住宅、そしてRebornと出会って
そしてたどり着いたのが「新住協(新木造住宅技術研究協議会)」が提唱する「Q1.0住宅」。新住協とは、快適な住環境の実現を目指す全国の工務店や設計事務所、建材メーカーや販売店、大学や研究機関が参加する技術開発団体です。技術の集大成として、国の省エネ基準のさらに半分以下のエネルギー消費量で快適に暮らせるQ1.0住宅を提唱しています。
Q1.0住宅では太陽熱を効率的に取り込める方角を考えて窓の大きさや向きを決め、適切な性能のサッシを選定。全体の断熱性能を高めたうえで冬は窓から太陽熱を取り込み、夏は遮熱することで冷暖房エネルギーの消費を抑え、快適な暮らしを叶えます。
自然の熱と光を生かすパッシブハウス設計と高い断熱性能でエネルギー消費を抑える点に魅力を感じた夫妻は、「これが自分たちが求める住まいだ」と感じました。
南面の窓を大きくして冬は太陽熱を取り込み、夏は深い軒が直射日光をほどよく遮る
断熱性を高めて大きな窓から光を取り込み、冬でも室内はぽかぽか
優雅さん:
「最新の研究に海外の先進的な方法も取り入れた考え方に、とても興味を持ちました。Q1.0住宅を施工してくれる会社が県内にあるか調べてみたら、長野市にRebornさんがあることを知って。とはいえ飯田市から車で2時間ほど距離があるので、ダメもとで『飯田でも建てられますか?』とメールを送ってみたんです」
一樹さん:
「出張料金を払ってでも、来てもらえるならお願いしたい!という気持ちでした」
すると、すぐに設計担当の塩原さんから「大丈夫です」と嬉しい返信が。そして2017年末、夫妻の自宅で塩原さんと初めての顔合わせが実現します。
一樹さん:
「Q1.0住宅の考え方が自分たちの理想であること、新住協を知ってRebornに相談するに至った経緯などを話しました。最初に塩原さんに感じた印象は“仕事人”。住宅に対する熱い思いがあって、一本筋が通った姿勢が伝わってきました。初めて来ていただいたのが年末の27日で、『いい人に出会えてよかった、これで安心して新年が迎えられる』と言ったことを覚えています(笑)」
3年点検に訪れた塩原さん(写真左)と。住み心地などをざっくばらんに話す
床下点検に向かう塩原さんと興味津々で見送る景基くん
試行錯誤のプランニング
かつて柿畑だった敷地は約280㎡(85坪)と広く、ゆとりを持って計画することができました。前面道路より緩やかに上っていく傾斜地だったため平坦に造成し、前面道路から階段で上る設計としています。
Rebornは飯田市での施工実績がなかったため、施工を誰に依頼するかがネックでしたが、新住協に加盟する岐阜県恵那市の遠山建築に協力を得ることができました。
北側の敷地も実家所有のため広く配置することも可能だったが、将来2軒目を建てられる広さを残し、かつ庭の手入れが大変にならないバランスで配置
前面道路より高い敷地のため、階段で上る設計。高低差に加えてウッドフェンスで囲っているので、庭で過ごしていても道路からの視線は気にならない
間取りにもこだわりがあった夫妻はRebornの規格住宅ではなく、注文住宅を選択します。恵まれた敷地を存分に生かしたゆとりある空間は、上下階合わせて床面積133.73㎡(約40坪)。1階は、約12畳のおおらかなリビングダイニングとキッチン、和室、水まわりなどを配置。2階には将来2部屋に仕切れる子ども部屋と主寝室をレイアウトしています。
この間取りにたどり着くまで、悩みに悩んだ夫妻。なかでも難航したのが玄関の位置でした。実家の敷地に建てるため両親にも経過を伝えていましたが、玄関の位置については、両親から強い希望があったのです。
一樹さん:
「最初の案を見た両親に『北側の玄関は良くない。扉を開けて正面に墓地が見えるのもどうなんだ』と反対されたんです。僕らはあまり重視していなかったんですが、やっぱり親世代は家相や方位を気にする人が多いですよね。玄関の場所を変えると間取りも大きく変わるので、悩みました。でも両親が言うのならと、神社に敷地図を送って家相を見てもらったんですよ」
優雅さん:
「そこで『良い方角はここだけです』と今の玄関の位置を教えてもらって、ようやく結論が出ました。もちろん、信じるかどうかは人それぞれなんですけれどね」
露出している木の柱や軒天井の板の内部に不燃材料を使って、万が一火災が起きても燃えにくい「省令準耐火構造」に。火災保険が大きく割引になる点もメリット
玄関もゆとりある設計。土間は豆砂利洗い出し仕上げに
もう一つ悩んだのが、吹き抜けを作るかどうか。家づくりの過程で唯一、二人の意見が割れたテーマでした。
一樹さんは、住まい全体にのびやかな一体感が生まれる吹き抜けを希望。対して優雅さんは、冷暖房の効率が下がること、音や匂いが伝わりやすくなること、そして2階の広さが減ることを考えて「いらないんじゃない?」と後ろ向きでした。
それぞれにメリットがあるからこそ、後悔しないようじっくり話し合った二人。その結果「現実的なメリットを選ぼう」と、吹き抜けのないプランに着地します。こうして行きつ戻りつを繰り返し、「間取りだけで、塩原さんと15回ほど打ち合わせをしたと思います」と夫妻は苦笑い。
優雅さん:
「今思うと、優柔不断な私たちの迷いによく付き合っていただいたなと……。最終的には『これ以上はもう変えられません』と言われました。そりゃそうですよね(笑)」
「塩原さんだったから、最後まで付き合ってもらえたと思います」と夫妻
自由設計だからこそ、こだわり抜いた住まい
「いい家を作りたい」と思えばこそ、迷いや不安はつきまとうもの。妥協せずに話し合うことを大切にした間澤さんの家づくりは、紆余曲折を経て進んでいきます。
《後編》へ続く
ライター:石井妙子
写真:FRAME 金井真一