少ないエネルギーで暮らせる住まいを目指し、みずから断熱や気密について勉強を重ねた結果、Rebornに依頼したYさん夫妻。敷地条件を読み解き、2階南側の大開口から太陽熱を取り入れる吹き抜けの住まいを実現しました。
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断熱等級最高レベルの性能を実感する
一般的に大開口を設けると窓から大量の熱が出入りするため、暑さと寒さの影響を受けやすくなります。一般的な断熱仕様の住宅の場合、冬の暖房時は58%の熱が流出し、夏の冷房時(昼)は73%の割合で熱が入ってくるというデータもあるほど(※)。
※出典:日本建材・住宅設備産業協会
しかし断熱性と気密性に優れるYさんの住まいは、大開口があるにも関わらず年間を通して快適。壁や屋根から住宅全体の熱が逃げる割合を示すUA値は0.25と、断熱等級の最高レベル7に限りなく近い数値です。
RebornのQ1.0住宅は断熱材にグラスウールを使い、壁210㎜厚・床245㎜厚・屋根250㎜厚・天井300㎜厚以上と厚みを持たせて施工しています。断熱と気密をしっかり確保していることはもちろん、すべての窓にトリプルガラスの樹脂サッシを使っているため熱の出入りは最小限。室内の暖気や冷気が最小限のエネルギーで保たれます。
Kさん:
「間取りも省エネルギー性を意識しました。大きな吹き抜けで上下階をつなぎ、間仕切り壁やドアも最小限にすることで家全体を一つの部屋のようにして、温度差が生まれにくくしています。夏はエアコン1台で家じゅう快適。セントラルヒーティングでない家には、もう戻れません(笑)」
吹き抜けで上下階がつながっているため、夏は2階ワークスペースに設置したエアコン1台で家じゅうが快適
2階の子ども部屋は壁の上部を抜き、夏はエアコンの冷気が伝わる設計に。子ども部屋にもパネルヒーターを設置
住まいにおけるCO2排出量の1/4は冷暖房によるもの(※)。CO2量を削減するためにも、冷暖房の省エネルギー化は欠かせないテーマです。
※出典:環境省「家庭からの二酸化炭素排出量の推計に係る実態調査 全国試験調査 結果の概要(確報値)」(平成28年6月)
Mさん:
「家の引き渡し後に断熱等級制度が変わり、住宅の断熱性と気密性を高めて冷暖房のエネルギー消費量を少なくする方針が強化されたんです。私たちが目指した方向性は間違っていなかったんだ、と安心しました」
「断熱等級(断熱等性能等級)」とは国土交通省が制定している住宅の断熱性能の指標で、数字が大きいほど断熱性能が高いことを意味します。従来は「断熱等級4」が最高等級でしたが、2022年に「断熱等級5・6・7」が新設されました。
2025年以降は、すべての新築住宅に対して断熱等級4以上に適合することが義務化されます。さらに2030年には、断熱等級5以上の適合義務化が見込まれます。基準をハイレベルにすることで住宅の断熱性向上を促し、冷暖房のCO2排出量を減らして脱炭素化を目指す動きです。
環境への負荷を考えて庭は芝生に
快適な室内で遊ぶ長男
Yさんの住まいは断熱等級の最高レベル7にほぼ等しい性能で、さらに12畳のダイナミックな吹き抜けと耐震等級3を両立させています。「塩原さんのおかげで、将来を見据えた住まいが実現しました」と夫妻。
Kさん:
「快適な室内環境はどんな家でも作れるんです。でも一般的な断熱仕様の家の場合、夏はクーラー、冬はストーブをガンガン稼働させなければこの快適さは保てない。そうではなく、少ないエネルギーで快適な室内環境を作ることが今の時代のスタンダードだと思うんですよ。
同じ時期に家を建てた知人を招いた時、『エアコン1台だけで涼しいの?』と驚かれました(笑)。ここ数年で家を建てた経験がある人には、断熱等級が高い=省エネルギー性能が高いということが伝わるんじゃないかな。大切なのは、いかに少ないエネルギーで快適な住まいを作るか。私自身、家づくりの過程で初めて知ったことです」
洗面カウンター下にあしらった六角形のタイルは妻のMさんがセレクト。耐水機能を満たし、インテリアのアクセントにも
2階の廊下の壁には棚板を設置してギャラリースペースに
太陽光を最大限に活かす設備を厳選
少ないエネルギーで快適に暮らせるYさんの住まい。エネルギー源は自然の力を活用したいと、設備についても自分たちでリサーチを重ねてきました。住まいには、電力消費をまかなう5.5kWの太陽光発電パネルと、温水を作る太陽集熱器「LATENTO(ラテント)」を導入しています。
ラテントはドイツ生まれのシステムで、屋根の上や外壁に設置した集熱器で太陽熱を集め、室内の貯湯タンク内の不凍液を温めます。タンク内に上水の給水管を通すことで熱移動を起こし、お湯を作る仕組み。国内では珍しいラテントを使った給湯システムの導入実績があったことも、Rebornに依頼を決めた理由の一つでした。
Mさん:
「我が家ではお風呂と洗面やキッチンの給湯に使っています。かなりおすすめですね。夏はガスも電気も灯油も使わず、水道代だけでお湯を使えます」
Kさん:
「ヒートポンプでお湯を作る『エコキュート』と比較しても構造がシンプルで、良い選択だったと思います。エコキュートは電力を使いますが、ラテントは基本的に太陽熱だけ。環境への負荷も少ないです。もう一つ、エコキュートはタンクに溜めたお湯をそのまま使うので雑菌が心配ですが、ラテントはタンクにお湯を溜めるわけではないので衛生的にも安心なんです。
ただ、ラテントの仕組みを人に説明するのが難しくて。両親に何度も説明していますが、なかなか正しく伝わりません(笑)。うまく説明できたら、導入数がもっと増えると思うんですけれどね」
ラテントの集熱器をガレージ部分の屋根に設置。2階の屋根に置く方が効率的ですが、見た目を考慮して1階の屋根の上に
効率的に集熱できるよう、冬の日射角度に合わせて配置
冬は太陽熱だけでは足りない日も多いため補助のボイラーを灯油で稼働させますが、それでも灯油の消費量は1年でわずか120リットル。お風呂の給湯、キッチンと洗面のお湯をまかなっていることを考えると、省エネルギー効果は絶大です。
一方、ラテントにはデメリットもあります。Mさんが挙げるのは、貯湯タンクの設置場所の問題。
Mさん:
「タンクは室内に置く必要があるんですが、おおよそ80cm四方×高さ150cmと大きいので置き場に悩むんです。我が家は階段下のスペースに置きましたが、手前にトイレがあるので、タンクに不具合があったら便器を外して壁を外さないと動かせません(笑)」
トイレの右手にラテントの貯湯タンクを入れて、後付けで壁を設置
玄関にもパネルヒーターを設置して家じゅう暖かに
屋根に載せる集熱器の大きさもネック。日射の取得効率を考えると一番高い場所に南向きに置くのがベストですが、太陽光発電パネルに比べて急角度で立てる必要があるため、外から見ると非常に目立ってしまいます。
Mさん:
「塩原さんには2階の屋根に置いた方が効率的に集熱できると勧められたんですが、見た目がださいのでどうしても抵抗があり(笑)、1階の屋根に落ち着きました。天候によっては日陰になって集熱できないと言われましたが、目立ちすぎるよりは良いなと……。夏の日中はかなり温度が上がるので、日が当たらない時間帯が多少あっても問題ないですね。結果的に、この設置場所で良かったと思います」
また真夏はタンク内のお湯が高温になるため、毎日コンスタントにお湯を使って不凍液の温度を下げなければ故障する危険性があります。旅行などで家を空ける際は隣に住むご両親に頼んで、お風呂を使ってもらっているそう。
太陽光を電気と給湯にフル活用した、ゼロエネルギー住宅に近い住まい。電気、灯油、キッチンのガスと熱源を分散させているため、災害時のリスクが少ないのも安心です。
5.5kWの太陽光発電パネルを搭載
キッチンの熱源はガスに。食材を洗う→切る→加熱する、と流れがスムーズなレイアウト
Kさん:
「日々のランニングコストが少ないのは、やっぱり助かりますね」
Mさん:
「ランニングコストや使うエネルギー資源まで考えて、家を作らなければいけない時代ですよね。建ててから気づいても遅いから、これから家を建てる人には断熱性・気密性や太陽熱活用の重要性に気づいてほしい。自分の家一軒が省エネルギーを頑張っても、環境全体を見れば焼け石に水だとは思うんですよ。でも、やらないよりはやるべきだと思うから」
社会全体の脱炭素化の動きを踏まえ、意志を持って自分たちの暮らしのエネルギーを選択しています。
車が蓄電池にもなる「V2H」
Yさん夫妻が新築と同時に導入した設備が、住宅ではまだ珍しい「V2H」です。V2Hとは「Vehicle to Home」、すなわち「車から家へ」を意味する言葉。電気自動車のバッテリーに蓄えた電気を走行に使うだけでなく、自宅につないで家庭でも活用できるようにしたシステムです。つまりV2Hがあれば、電気自動車(EV)やプラグインハイブリッド車(PHEV)を住宅用蓄電池として使うことが可能。災害で停電した際はエアコンや冷蔵庫、テレビなど、多くの家電に車から給電することができます。
夫妻:
「日中に太陽光で発電した電力を自動車に貯めておいて夜間に住宅につなげば、使う電力を太陽光発電でまかなえるのでエネルギー収支がゼロに近づきます。もちろん、非常時の蓄電池としても安心です」
V2Hシステムを提供するニチコンの「EVパワー・ステーション®」を玄関脇に設置
ご両親が所有する日産のEV、リーフに充電する様子
画期的ですが、まだ目にすることが少ないV2Hシステム。「工事業者さんにも、住宅で入れる人は初めてだと言われました」と夫妻。導入のきっかけは、隣に住むお父様の言葉だったそう。
Kさん:
「父は以前からEVに乗っていたんです。単身赴任中で走行距離が長いので、通常の充電器の倍速で充電できるV2Hを入れたいという希望があって。夜充電すれば、朝には満タンになっていますからね。
ただ実際に使ってみると、導入は時期尚早だったかもしれません。現在の社会インフラを見ると災害があっても一週間以上停電が続くケースは全国的に見てもほとんどないですし、特に電気は最初に復旧するので、非常用蓄電池として使う可能性は低いんです」
対応車種やV2H設備のメーカーの選択肢がまだまだ少ないことも、時期尚早だと感じる理由。施工業者も経験がないため慎重で、工賃もやや高かったそう。
日中に太陽光で発電した電力を車に貯めて夜間に住宅で使う方法も試しましたが、車から住宅に電力を送る際、ケーブルを経由することで生じる電力ロスが意外に大きいことが分かったそう。太陽光発電パネル→自動車とダイレクトにつないで電力を消費することが効率的だと判断し、現在は基本的に蓄電池としての利用はしていません。
スマホのようにプラグを挿しておけば朝までに充電完了
PHEVとV2Hシステムの導入で、車の維持費は大きくダウン
Kさん:
「このV2Hシステムをおすすめできるかというと、正直難しいところですね。ただ、僕らが家を建てる時にはなかったV2Hの補助金(※)が今はあるので、EVやPHEVに乗る人で補助金も使える状況なら導入しても良いかもしれない。国が補助金を出すということは、社会が目指す方向性に沿っているということ。損をすることはないと思います。V2H機能がない充電システムであれば、半分以下のコストで導入できます。そちらも補助金(※)があるので、選択肢として有効だと思いますね」
※補助金について詳しくは経済産業省のウェブサイト、自治体のウェブサイトで最新情報の確認を
現在は、PHEVのプリウスをメインに乗っているYさん家族。ガソリン車に比べると、維持費は大きく下がったと言います。
Kさん:
「通勤もプリウスを使っていますが、エネルギーは電気でまかなえるのでガソリンはほぼ使いません。毎月700km前後をEVで走行しますが、充電費用は高くても月3,000円ほどですね。
暖房のパネルヒーターの熱源も電気です。電気代が高騰した上に大寒波が来た2023年1月はさすがに電気代がはね上がると覚悟しましたが、24時間暖房をつけたままでも月2万円ほどで済みました。この家で暮らしてから、光熱費の金額よりも使用量に注目するようになりましたね。使う量によって料金が変わるので、量で比較する方が変化を実感するんです」
暮らしてから見えてきたもの
断熱性能が高い住まいと自然エネルギーを活かす設備を選び、省エネルギーの暮らしを実践しているYさん家族。それでも暮らし始めてみると、反省点も見つかると話します。
夫妻:
「一つは窓まわりのインテリアです。我が家はロールスクリーンを使っているのですが、断熱性能を考えると、空気層を作って断熱性を高めるハニカムシェード(スクリーンの断面が六角形のハニカム構造の窓回り製品)の方が有効なんですよ。照明も、人感センサー式や音声操作できるスマート照明を選んでおけば、こまめにオンオフができるのでエネルギーを節約できたと思います。
窓まわりや照明といったインテリアは家づくりでどうしても後回しになり、費用も『残った予算でまかなおう』と考えがちです。我が家も間取りやメインの素材選びに時間と予算を使い、家の完成が近づいてから形に合わせてロールスクリーンや照明を選びました。最初から計画しておけば窓の細かい設計や配線工事に反映できたし、十分な予算を割けたと思う。窓まわりや照明も消費エネルギーに深く関わる部分なので、早い段階から考えることが大切だと思います」
1階の窓はロールスクリーンに
玄関ドアも断熱性能が高いものを使用。外壁は左官仕上げ
壁や天井の漆喰塗装やデッキテラスのオイル塗装は、Rebornの定番である施主自身のDIY。広い吹き抜け部分の壁も天井もムラなく、美しい仕上がりです。住まい作りの工程に参加する得難い体験により、「住む前から思い入れがある住まいになりました」と夫妻。
夫妻:
「自分の手を動かすことで、一軒の家を建てる過程がどれほど大変か実感しました。多くの方々の手によって完成したからこそ、建てたら終わりではなく、きちんとメンテナンスを加えながら年を重ねていくことが大事だとも感じましたね。住まいの省エネルギー性能が本領発揮できるかどうかは、私たちのメンテナンス次第ですから」
暖かくて快適な家に暮らすこと、暮らしのコストを抑えること、環境への負担を減らすこと。すべてのバランスをとりながら作った住まいは、Yさん家族の暮らし方の理想を体現しています。
記者感想
住まいを取り巻く情報は世の中にあふれていて、調べて選ぶのには膨大な時間がかかります。住宅会社はどこに依頼するか、暖房は、断熱は、デザインは……。多くの人にとって住まいづくりは初めてのことですから、決断に時間がかかるのは当たり前のこと。施主にとって着工は一つのゴールではないかと思うほどです。
正直、途中で「まあいいか」と諦める場面もあるでしょうし、予算を考えても、100%妥協せず選ぶことは不可能かもしれません。けれどYさん夫妻の言葉から感じたのは、できる限りの時間を使って現地に足を運んだり調べたり、家族と相談したりすることの大切さでした。努力は裏切らない。納得いくまでやり切ることが、後悔のない住まいへの唯一の近道なのかもしれません。
ライター:石井妙子
写真:FRAME 金井真一