環境に負担をかけない住まいや暮らし方が、世界のスタンダードになりつつあります。とはいえ住宅メーカーによってさまざまな考え方があり、目新しい工法や設備が続々と登場する時代、何を基準に選んだら良いか途方に暮れてしまうこともあるでしょう。
Yさん夫妻は家づくりの過程で断熱の重要性や持続可能なエネルギーについて知識を深め、時間をかけて納得いく決断を重ねていきました。その住まいには、コストとのバランスをとりつつも大切な部分は妥協しなかった二人の思いが表れています。
住まいづくりの肝は「目に見えない場所」にある
夫妻と5歳の長女、2歳の長男の4人で暮らすYさん家族。数年前から考えていた家づくりが本格始動したきっかけは、2020年に始まったコロナ禍でした。
妻のMさん:
「休日に遠出する機会が減り、アパートの近くの住宅展示場へ気軽に見学に出かけたのが始まりです。子どもが生まれ、夫の年齢を考えてもそろそろ住まいづくりをと考えていたので、タイミングがちょうど重なりました」
展示場を訪れてみたものの、何を基準に住宅メーカーを選ぶべきか迷った夫妻は、一つの方針を決めます。
Mさん:
「全国展開しているメーカー、県内で展開しているメーカー、地元工務店の3つに分けて、各1社は話を聞こうと決めました。それぞれ、自分たちに合う部分も合わない部分もあるだろうと思ったから」
幅広いメーカーの話を聞こうと毎週末のようにモデルハウスや見学会に出かけ、全国展開のメーカー2社、県内全域で展開するメーカー1社、地元工務店の3社に話を聞いた夫妻。この段階では間取りの自由度、施工費用を基準に各社を比較しました。
南向きの開口から、吹き抜けを通じて光が降り注ぐ住まい
南向きのデッキテラスで夏は毎日のようにプール遊び
思い描いたのは建物の断熱性と気密性を高め、太陽光や風を活かす省エネルギーの暮らし。高断熱・高気密の住まいは、冬は室内の暖気、夏は室内の冷気を魔法瓶のようにキープすることで光熱費を抑え、環境に与える負荷も減らします。また耐震等級は、住宅の最高レベルである「等級3」を絶対条件とすることに。
メーカー各社の説明や資料を比較して、夫妻は一つの方針を定めます。
夫妻:
「各社の話を聞いて分かったのは、同じ在来工法(※)であれば、どこに依頼しても間取りもデザインもおおよそ希望通りになること。一方で断熱材や断熱の施工方法は、メーカーによっておおよそ決まっていることが分かりました。私たちにとって重要なのは、目に見える部分より壁の内側。適切な施工で断熱性と気密性が高い省エネ住宅を作れるかどうかを、メーカー選びの指標にしようと思うようになりました」
※在来工法:柱と梁で家の骨組みを作り、地震や風など水平方向の力に対して筋交いや耐力壁を入れる建築方法。ユニット化された箱を組み立てる考え方の「ツーバイフォー工法」に比べて間取りの自由度が高い
木造住宅で使われる断熱材にはグラスウールやロックウール、ポリスチレンフォームや硬質ウレタンフォームなど様々な選択肢があり、工法は充填断熱と外張り断熱に大別されます。性能、コスト、地震への耐性などで比較するとそれぞれ長所と短所がありますが、重要なのが住宅メーカーによって対応できる断熱材と工法が限られている現実。
標準的に使う断熱材はメーカーごとに決まっていて、たとえ施主が別の断熱材を使いたいと希望しても、施工実績がなければ実現しないケースがほとんど。そして断熱材の種類より大切なのが「途切れなく隙間なく建物を覆って施工できているか」。どれだけ性能が高い断熱材を選んでも、施工者の技術が低ければ本来の価値を発揮できません。各社の断熱に対する方針や技術を見極めて、メーカーを選ぶことが重要です。
借景のイチョウの大木を眺められるよう、2階の子ども部屋はあえて西側に窓を設計
夫のKさんと長女
とはいえメーカーは自社の長所を強調するため、どの断熱材・工法がベストかを素人である施主が判断するのは至難の業。「私たち自身が断熱や気密の正しい知識を持たなければ良い選択はできない」と感じたYさん夫妻は、各社の資料に加えて書籍や雑誌、SNS、YouTube動画でコツコツと主体的に勉強を重ねます。
Rebornに信頼を寄せた理由
断熱を学ぶ過程で知ったのが「新住協(新木造住宅技術研究協議会)」という研究団体。快適な住環境を目指す工務店や設計事務所、建材メーカーなどが参加し、国の省エネ基準の半分以下のエネルギー消費量で快適に暮らせる「Q1.0(キューワン)住宅」を提唱しています。
Q1.0住宅は、熱損失を減らしながら太陽熱を効率的に取り入れることで暖房エネルギーを減らす考え方がベースです。設計の基本は「断熱材の厚みを十分確保する」「熱の出入りが多い窓は性能が高いものを使う」「南側の窓を大きくとって日射を効果的に取り込む」。さらに熱交換換気システム(※)を採用することで冬の暖房コストを減らし、窓の日射カットによって夏の冷房コスト削減を図ります。
※熱交換換気システム:24時間換気システムの一つ。室内の空気を外に排気する際、給気する空気に熱を移すことで冷暖房で整えられた室温を維持することができる
夫妻:
「新住協の理論と施工方法に将来性を感じて、同じ方針のメーカーに依頼したいと考えました。間取りのイメージもだいぶ固まっていたので、プランの自由度が高い在来工法で、規格住宅ではなく自由設計で依頼できることも条件。初期にさまざまなメーカーを回った経験を踏まえて今度は地域密着型の工務店に絞り、断熱材と施工方法にポイントを置いて再度メーカー巡りを始めたんです」
窓はすべてアルゴンガス入りのLow-Eトリプルガラスの樹脂サッシを採用して断熱性能を高めています
吹き抜けと大開口のある開放的な住まいでも、断熱性と気密性をしっかり確保すれば室内は快適
知識を得たうえでメーカー巡り2周目を開始。長野市を拠点とする工務店4社を検討し、最終的に新住協の会員であるRebornに依頼を決めました。
夫のKさん:
「希望した大きな吹き抜けは耐震面で不利なんですが、Rebornの建築士の塩原真貴さんの構造計算によると、吹き抜けを設計しても耐震等級3を取得できることが分かったんです。Rebornの暖房の標準仕様が、輻射熱で暖めるパネルヒーターであることも魅力的でした。漆喰やオイルを施主がDIY塗装できるので、自分たちが家づくりに参加できることにも惹かれましたね。
塩原さんが知識も経験も豊富で、信頼できたことも大きかった。見積もり作成の時点で細かい点まで分かりやすく説明してくれたから質問や調整がしやすく、安心でした。見積もりが詳細で“何にいくらかかるか”がはっきり分かるので、他社よりコストパフォーマンスが高いことが明快に伝わってきましたね」
Mさん:
「もう一社、プラン提案まで進んだ会社もあったのですが、見積もりが高くて。時期的にちょうど資材の価格が上がり始めた時期だったからタイミングも悪かったのですが、ショックでした(笑)」
LDKの窓際に造作したベンチの下部にパネルヒーターを設置。上部のスリットから暖気を導いています
庭に面した広いデッキテラスにはブランコを設置して気持ちのいい遊び場に。奥は家庭菜園
コンパクトでも開放感を感じる住まい
計画地は、長野市内の住宅街にあるKさんの実家の隣。お祖父様が孫のために残してくれたという約260㎡の敷地は、南北にやや長い長方形です。
南側は隣家の畑のため日当たりに恵まれていますが、将来その場所に2階建て以上の住宅やアパートが建つことも予想されました。また、北側隣家の日当たりを妨げないことも夫妻が望む絶対条件。建物の高さをできるだけ抑えることを念頭に置いて、設計がスタートしました。
南側にデッキテラスと庭を配置。敷地の南側は隣家の畑で、日当たりと借景に恵まれています
北側外観。手前にある隣家の日当たりを妨げないよう、最高高さ約6.8mの切妻屋根の設計に
「子どもの独立後は夫婦でコンパクトに暮らしたい」と、当初は平屋を希望。しかし平屋にすると南側に建物が立った場合に日当たりが妨げられ、ソーラーパネルや太陽集熱器を導入しても太陽熱を活かしにくくなることから、2階建てに変更しました。
玄関の扉を開けると、12畳の吹き抜けがおおらかなリビングダイニング。南側の大きな窓から、燦々と光が降り注ぐ気持ちのよい空間です。
リビングダイニングとオープンにつながるキッチン、水まわり、主寝室といったメイン空間は1階に集約し、吹き抜けでつながる2階には子ども部屋とワークスペースのみを配置。将来、夫婦二人暮らしになったら1階で生活が完結するプランです。吹き抜け部分が広いこともあり、1・2階の床面積の合計は約32坪とコンパクトに収まりました。
右の玄関からLDKに直接つながるプラン。右奥はファミリークローゼットと水まわりで回遊可能。玄関框(かまち)にはお祖父様が孫のために残してくれていたアカマツの古材を使用
1階東側にある6畳の主寝室。南側の開口を小さくして、朝まぶしくならないように配慮
夫妻:
「できるだけ無駄のないコンパクトな間取りを目指しました。ソーラーパネルや太陽集熱器を導入したり、断熱・気密性が高い設計施工を求めたりするとどうしてもコストが膨らんでしまうから、建物をできるだけ小さくして予算のバランスを取ろうと。例えば目的が曖昧な部屋は作らない、家族全員の衣類をファミリークローゼットにまとめて子ども部屋や主寝室の収納をなくす、廊下や通路は極力作らないといった工夫をしています。空間をコンパクトに作れば、冷暖房費も抑えられますから」
玄関の隣にファミリークローゼットを配置し、家族全員の衣類を収納
2階西側には吹き抜けに面したオープンなワークスペース。L字型のデスクを造作して、二人の子どもたちが並んで勉強できる空間に
2階に上がると、吹き抜け越しにリビングを見下ろす開放的な眺め。2階で印象的なのが、切り妻屋根の傾斜が現れた勾配天井です。天井高が約1.9m〜3mに変化し、こもるような感覚と開放的な感覚の両方を楽しめます。勾配天井を採用した理由の一つが、建物全体の高さを抑えるためなのだそう。
Kさん:
「法律上、部屋の天井高は2.1m以上にしなくてはいけないと塩原さんに教えてもらいました。勾配屋根の下に水平な天井板を張る場合、天井高を2.1mにするためには建物の高さが現状より50cmほど上がってしまうと聞いて。一方で勾配天井なら室内で平均2.1m以上あれば良いので、全体の高さを抑えられると塩原さんが提案してくれたんです」
Mさん:
「片流れ屋根のかっこいいプロポーションにも惹かれましたが、お隣への日当たりを遮らないことを最優先に、現在の切り妻屋根に落ち着きました」
2階のワークスペースからの眺め。切妻屋根の形が室内に現れています。LDKや2階奥に見える子ども部屋とも一体につながる感覚
2階北東側の子ども部屋。天井の傾斜によって小屋のようなこもる感覚に
ポイントは窓の設計にあり
Q1.0住宅で重要なのが、日射を効率的に取り込む南向きの大きな窓。冬の日中は太陽の熱を効率的に取り込み、断熱性・気密性に優れた建物が夜まで熱をキープするので暖房の消費エネルギーが減り、快適かつ経済的に暮らすことができます。
ただしY邸は前述の通り、将来南側に隣家が立つ可能性がありました。そのため隣家の影が落ちる1階の採光は諦め、2階の大開口の採光をメインに設計し、吹き抜けを通じて住まい全体に光と熱を行き渡らせるプランに。
2階南向きの大開口は春から秋は直射日光が入らない設計で、室内が暑くなりすぎません。一方で太陽高度が低い冬は部屋の奥まで直射日光を導き、自然な温かさで包みます。
対照的に1階の窓は、夏の日差しを遮ることに重点を置いて設計。リビング南側のデッキテラスには、奥行き約2.7mの深い軒を架けました。地面から軒の下端まで約2.5mと低く抑えた深い軒が室内への直射日光を遮り、暑い夏も室内を快適に保ちます。
広いデッキテラスをすっぽりと軒で覆うことで、日差しが強い日や雨の日も過ごせる中間領域に
2階南側の大開口から吹き抜けを通じて光を取り入れる住まい
軒によって日差しや雨から守られるデッキテラスは、屋外ながら部屋のように過ごせる気持ちの良い場所。約9畳の広さがあり、夏は毎日プール遊び、春や秋は朝食やバーベキューと、第2のリビングとして活躍しています。
Mさん:
「友人家族とテラスでバーベキューを計画したら、朝から土砂降りだったことがあって。友人は心配して『中止する?』と連絡をくれたけど、うちは軒があるから大丈夫!と決行しました(笑)」
Kさん:
「2階から日射を取り込み、1階は日射を遮る発想。リビングのダイナミックな吹き抜けと深い軒で覆われたウッドデッキが、我が家の一番の特徴ですね」
テーブル兼キッチンカウンターで空間を広く活用
光が注ぐ明るいリビングは家具の数を最小限に、テレビを置かずプロジェクターから壁に投影して広さを有効利用。子どもたちがのびのび走り回れる、ゆったりした空間になりました。
オープンキッチンはMさんの希望でコの字型カウンターを採用しました。奥行き約100cmとゆったり設計したキッチンカウンターはダイニングテーブル兼用。料理をする人と食べる人が向かい合い、目線の高さを近づけて食事ができるデザインです。キッチンの床を周囲より低くし、キッチン側に立つ人はキッチンカウンターとして、ダイニングに座る人はカウンターテーブルとして使えるように設計。通常のカウンターテーブルはハイスツールを合わせますが、床に高低差をつけたことで通常のダイニングチェアや子ども用チェアを組み合わせることができています。
Mさん:
「テーブルとカウンターを一体にしたのは、大きなテーブルを置くとリビングが狭くなってもったいないから。キッチンからテーブルに配膳するのも大変だし、普段からテーブルの上につい物を置いてしまうので食事のたび片付けるのも面倒で……。
4人家族なら、この広さで十分ですね。広いカウンターで子どもと一緒に料理できるし、配膳もスムーズです。フラットなキッチンが理想だったので、手元を隠す立ち上がりも作りませんでした」
リビング西側の壁面にプロジェクターを投影。動画や映画のほか、夫妻の趣味である写真も大画面で鑑賞できます
パナソニックの既製品のシステムキッチンをカスタムし、カウンターとダイニングテーブルを兼用。横に並んだりL字型に囲んだり、座る位置もフレキシブル
「最初は、技術とコストパフォーマンスの高さでRebornを選びました」と話す夫妻ですが、設計の随所で、建築士の塩原さんが間取りやデザインの細かな希望に丁寧に寄り添ってくれたと振り返ります。
Mさん:
「キッチンの床をダイニングより一段下げたい、リビングの壁にプロジェクターを投影したい、収納の一部は扉をつけたくないといった細かな希望も、渋らず『やってみましょう』と言ってくれました。たまに『それは難しいですね』と言われることがあっても、次の設計図にさらりと反映されていて(笑)、嬉しかったです」
ハイチェアを使わず食事ができるよう、キッチンの内側は床の高さを15cm下げて設計
玄関の右手はファミリークローゼットや収納を置いて家族の裏動線に。奥が洗面スペースで、玄関から直行して手洗いできる間取り。LDKとの回遊動線が便利
造作洗面カウンターの幅広シンクとブルーのタイルはMさんのセレクト。二人で並んで使えるゆとりのサイズ
リビングの置き家具は2脚のパーソナルチェアのみに。くつろぎ方、遊び方によって自由に使える空間
省エネルギーと暮らしやすさをバランスよく落とし込んだ間取りとデザインを叶えた住まい。後編では、目に見えない部分で快適性を支える機能を紹介します。
〈後編へ続く〉
記者感想
ライター:石井妙子
写真:FRAME 金井真一