住まいの心地よさをつくるのは、建物だけではありません。体になじんだ愛用の家具、旅先で買った食器、スピーカーから流れる音楽、季節を伝える庭の草花。暮らしながら少しずつ集めたり整えたりしてきたそれらが、住まいの空気を紡いでいます。「家は完成時がスタート」と言われるように、住み手と一緒に育っていくからこそ、家は世界に一つの特別な場所になるのでしょう。
今回取材したHさんの住まいには、家族と過ごす空間を心地よくしたいという気持ちが詰まっていました。長年の夢だったRebornでの家づくりと並行して、庭、家具や照明と楽しみながら整えてきた住まいには、気持ちのよい空気が流れています。

デッキテラスが住まいの中心
取材当日は朝から雨模様。静かな住宅街に位置するH邸の庭では、雨を受けてつやつやと輝く草木が、漆喰とスギ材の外壁と鮮やかなコントラストを描いていました。

イロハモミジやツツジ、ソヨゴ。雨を受けた葉の色も鮮やか

1階は白い漆喰、2階は屋久杉材とツートーンの外壁にグリーンが映えます
家族は夫妻と2歳の長女の3人暮らし。1階にリビングとダイニングキッチン、和室、水回り、2階には寝室と子ども部屋がある間取りです。
外観はシンプルですが、平面図を見ると「凹」のユニークな形をしています。くぼんだ部分はデッキテラス。1階南側の壁の一部を引っ込めるようにして、幅約3.6mのテラスを設計しています。
敷地南側は、比較的人通りがある道路。土地の南北の奥行きは限られているため、道路から建物までの距離は2.5m程度が現実的でした。テラスを建物から迫り出させるとそのぶん室内の奥行きが狭くなり、しかもテラスに出たときに道路からの視線が気になって、使いづらい空間になってしまいます。
そこで導いたのが、テラスを「引っ込める」間取り。両側を壁で囲まれるため視線が気にならず、室内のようにリラックスできます。道路との間の庭には背の高い木を植えて、枝葉でさりげなく外の視線を遮りました。

キッチンから見たデッキテラス。壁に囲まれたテラスは縁側気分でくつろげそう

玄関の大きな窓からもテラスと庭の緑が見えます
実は夫のKさん、「平面図を初めて見たときは正直戸惑った」のだそう。テラスが部屋と部屋の間にあることが、図面上でなかなかイメージできなかったと振り返ります。けれど暮らし始めてみると、視線を気にせず落ち着ける半屋外空間はもう一つの部屋のようで、お気に入りの場所になりました。「休みの朝は、庭を眺めながらテラスでゆっくりコーヒーを飲みます。いつか、ここで焼き鳥を焼いてみたいんですよ」と笑う夫妻。
キッチンやダイニングにいてもデッキ越しに庭の緑が広がり、外とつながっているような開放感。テラスというワンクッションを挟むことで、自然を近くに感じながらも落ち着いて過ごせます。
西側のリビングは外の視線が気にならないようあえて大きな窓をつくっていませんが、テラス脇やソファの横に設けた開口から外の緑が見えて、ちょうど良い「抜け感」があります。

ダイニングからデッキテラスでワンクッション置いて庭につながる間取り

リビングはソファの脇に幅80㎝のFIX窓を。腰かけると庭の古い梅の木が見えます
2階も「凹」の形の間取り。テラス上部にあたる部分を抜いて壁3面に窓を設けたことで、2階全体に光が行き渡ります。光が燦々と差し込む2階中央のホールは、長女が遊んだり親子で絵本を読んだりと、セカンドリビングのように活用中。こうした名前のないスペースが広くつくられていることも、住まい全体に流れるゆったりとした空気の理由なのでしょう。

2階は個室を東西に振り分け、中央にホールをレイアウト。南側のデッキテラス上部に当たる部分は屋根まで抜けているため、1階まで自然光が届きます

2階の子ども部屋からもテラスをガラス屋根越しに見下ろせます。中央の屋根を抜いたことで2階の個室にも明るい光が
雨も虫も気にならない、部屋のようなテラス
「雨を眺めるのが好きなんです」とKさん。当初デッキテラスには軒を架けない予定でしたが、雨の日もくつろげる場所にしたいとの希望から設計変更。奥行き1.8mと深い軒が、雨や夏の強い日差しから守ってくれます。注目は軒の素材。室内が暗くならないよう、光を通す強化ガラスを軒全面に採用しているのです。
Kさん:
「雨の日はガラス越しに雨粒が落ちてくるのが見えて、きれいですよ」

デッキテラスの軒は強化ガラス。光を通しながら雨や日差しから守ります

2階から見下ろしたテラスの軒。勾配があるので落ち葉や雪も積もりにくいそう
夏場も虫を気にせずデッキで過ごすため、さらにひと工夫。庭に面する南側全面に、開閉できるメッシュのカーテンを取り付けました。いわば網戸のカーテンバージョン。「YouTube動画でデッキに蚊帳をつけている家を見つけて、同じことができないかとRebornに相談してみたんです」とKさん。テント専門メーカーにデッキの寸法を伝え、隙間なくぴったり覆うカーテンを特注したのだそう。
これが想像以上に使い心地ばつぐん。朝夕も蚊を気にせず、デッキで涼しいひとときを過ごせます。ファスナーで開閉できるので、庭へ出ることも可能。虫がいない時期はロールアップして全開にできる仕様です。
さらにRebornの設計担当の塩原真貴さんのアドバイスで、デッキ床の下にも細かいステンレスのネットを敷き込み、下から入る虫もシャットダウン。虫を気にせず快適に過ごせる空間になりました。

カーテンはサイズぴったりで壁や床との間にほぼ隙間なし。左右と中央に開閉できるファスナー付き

夏以外はカーテンをくるくるとロールアップして全開にできます
デッキテラスから庭に出られるのも楽しみの一つ。里山を思わせる「雑木の庭」をイメージしたこの庭では、イロハモミジやソヨゴが気持ちよく風に揺れています。造園は、長野市にある「小森造園」に依頼しました。
Kさん:
「通勤ルートに小森造園さんの会社があるので気になって、ウェブサイトをのぞいてみたんです。するとイメージしていた雑木の庭が得意だと知り、電話で相談しました。三代目は若い方ですが、雑木の庭の第一人者と言われる有名な造園家の元で修行した経験があるんです。土づくりからこだわっていて信頼できる。植物の選定や配置はほぼお任せしました」
小森造園が所有する山から切り出してきた木や植物がのびのびと枝葉を伸ばす庭は、山の一部を切り取ったかのよう。「家の中から見ると、色々な形、微妙に色が違う葉っぱが見えて楽しいんです」と夫妻。

アプローチを進むと雑木が揺れる庭が迎えてくれます

大小の木々が道路からの視線をさりげなく遮ります。外壁の屋久杉とも好相性

竣工時の庭とデッキ。庭に降りる敷石や背の低い草花など、足元の世界も楽しげ

漆喰の外壁に落ちる葉影もきれい
苦労を重ねた土地探し
住宅やインテリアの写真を見ることが昔から好きだったKさん。独身時代から趣味を兼ねて住宅会社をリサーチしていたそうで、Rebornのウェブサイトにもその過程でたどり着きました。興味を引かれたきっかけは、設計担当の塩原真貴さんのブログ。「楽しそうに仕事をする様子に惹かれました」。読み込むうちにデザインや間取りだけでなく断熱や耐震の重要性、そしてRebornの技術の高さを理解し、「家を建てるなら絶対に塩原さんにお願いしたい」と考えるようになりました。
Kさん:
「Rebornで家を建てたいと思うあまり、当時付き合っていた妻と結婚前から完成見学会に通っていたんです。妻には呆れられましたね(笑)」

新居の計画中に長女が誕生し、3人家族に

1年点検に訪れた塩原さんと話す夫妻
結婚してお子さんが誕生し、いよいよ家を建てる計画が本格始動。ところが、苦労したのが土地探しでした。何度か決まりかけたものの、予期せぬ理由で頓挫することが続いたのです。
Kさん:
「最初は、誰も住んでいなかった父の実家を建て替えようと計画しました。塩原さんに現地に来てもらって設計案も出してもらったんですが、途中で親戚の事情で建て替えができなくなって……。仕方なく新しい土地を探し始めましたが希望エリアは売りに出される土地が少なく、出てきたとしても手が届かない値段ばかり。それでもなんとか良い土地を見つけることができて、もう一度Rebornで設計案をつくってもらったんです。ところがその矢先、土地のオーナーから急に『やっぱり売れない』と連絡があって」
二度の計画中止。特に2回目は時間をかけてようやく見つけた土地だっただけに、かなり落胆したと振り返ります。なんとか考え直してもらいたいと、オーナーさんに手紙を書いて思いを伝えたこともありました。しかし結果は変わらず、土地探しは振り出しへ。毎日ウェブサイトで不動産情報をチェックしましたが、「半年見続けても、同じ情報しかヒットしないんです」。2019年の台風19号の経験から水害に遭いにくい場所が絶対条件でしたが、気になった土地も土砂災害警戒区域、いわゆる「イエローゾーン」に相当することが多く、なかなか決断に至りませんでした。
探し続けること2年。「しんどかったですね。“早く建てたい”と、気持ちばかり焦って」と振り返ります。

途中で取りやめになったものも含めて、資料や設計図面は膨大な量に。今も保管しています

窓から雨を眺める二人
そんなある日、なじみの理髪店で髪を切ってもらっていたときのこと。世間話の中で、土地が見つからず困っていることを話すと、店主が店を開く際にお世話になったという不動産会社を紹介してくれました。後日、不動産会社の店舗へ直接相談に向かったKさん。するとちょうど同じタイミングで、現在の土地の持ち主が売却の相談に訪れたのです。
Kさん:
「偶然、同じタイミングで居合わせたんですよ。立地も条件も希望にぴったりで、『買わせてください』とお願いしました」
2年もの間苦労を重ねましたが、決まるときはとんとん拍子。絶妙なタイミングで縁がつながりました。静かな住宅街に位置するこの場所は、市街地へのアクセスが良い上に緑豊かで、2階からは山並みが見えるロケーション。徒歩圏内に公園があり、お子さんと毎週のように出かけて遊べるのも嬉しいポイントでした。

かつては畑だったという敷地。まわりには住宅が立ち並んでいます

2階の窓から山並みを背景に善光寺の塔が見えました
くつろげる居場所が点在する室内
間取りは塩原さんにほぼ一任。伝えた希望は「トイレは2つ」「和室がほしい」「吹き抜けはいらない」と最小限でした。ちなみに吹き抜け不要の理由は、「いつでも家族の気配を感じているより、適度に離れていた方がいい」という考えから。
Kさん:
「それまでキャンセルになった土地で2回塩原さんに出してもらったプランは、どちらも一目で気に入りました。今回のプランを最初に見たときは、真ん中にデッキテラスがある間取りにちょっと戸惑いましたが、見ているうちにだんだん『良くできたプランだな』と分かってきて。結局、ファーストプランからほとんど変更していないんです」

外から玄関を見たところ。ホールとの間に引き戸を設置して区切れるようにしています。「家に入るときにワンクッションほしくて」とKさん

玄関を入って右手に手洗いカウンターを配置して「手洗い動線」を確保。左手が脱衣室とバスルーム
ゆったりとした住まいの随所に心地よい居場所がつくられているのが、H邸の魅力です。ダイニングとリビングをゆるやかに分けたことで、リビングのソファはゆったり落ち着ける空間に。隣の和室は小上がりになっているため椅子のように腰掛けたり、ごろりと寝転んでくつろいだり。2階も眺めのいいホールや小ぢんまりとした書斎など、静かに過ごせる場所が豊富です。

リビング横の和室は腰掛けるのにちょうど良い場所。段差部分は引き出し収納

寝室。ベッド脇収納はロールスクリーンで目隠し可能。左奥はクローゼットを兼ねた着替え室

2階の書斎はこもるのにちょうど良い広さ。持っていたテーブルの天板を造作デスクに再生

階段の壁には1階の様子をうかがえる小窓をデザイン
家具や照明は、オンラインストアを中心に少しずつ買い集めたお気に入りです。円形のダイニングテーブルは、岐阜の家具店にオーダーしたもの。 「丸いテーブルは視線が合いすぎないから、リラックスできるんです」 とKさん。テーブルのサイズを塩原さんに伝えて設計図に反映してもらい、ちょうど中央にペンダントライトが位置するよう配線工事を行いました。 結婚前から愛用しているダイニングチェアとも、しっくりとなじんでいます。
キッチンはオールステンレス。「使いやすく、手入れもしやすいです」と妻のEさん。ダイニング側のカウンターの無垢の一枚板は、塩原さんがちょうど良い材を見つけてきてくれたそう。




Rebornでは、漆喰やオイルの塗装を施主がDIYで行うのが恒例です。Hさんの住まいは天井と壁の漆喰、床や造作家具、柱などのオイル塗装をDIY。長女がまだ小さかったため、夫のKさんがほぼ一人で孤軍奮闘したのだそう。「ときどき両親も応援に来てくれました。すごく大変でしたけど、やってよかったです」と笑いますが、ハードなスケジュールはさながら修業のよう。いわく「壁と向き合っているようで、自分と向き合っている感覚でした」。中でも目を引くのが、リビングのソファ背面の壁。コテの跡がダイナミックに現れた壁は光によって表情が変わり、空間のスパイスになっています。
Kさん:
「ここは最後の方に塗ったので、ちょっと頭が変になっていて(笑)。海っぽくしたいというイメージがあったんですよ。自分でもよく分からないんですけど(笑)」

手を動かした跡が伝わるリビングの壁。窓辺に置いたトイキッチンは妻のEさんの手づくりで、長女のお気に入りの場所

フローリングのオイル塗装もDIYで
苦労した思い出も含めて、自分の手でつくった記憶が刻まれることで、住まいへの愛着はいっそう深まるのでしょう。
冬も陽だまりのような暖かさ
「断熱職人」を名乗るRebornの住まいは、「真冬も全然寒くないんです」と夫妻。暖房はパネルヒーターを採用しています。
夫妻:
「エアコンの風が苦手なんです。喉が痛くなったり、部分的に暑くなってしまったりするから。そのため、空間全体をじんわり暖めてくれるパネルヒーターを選びました。お日様にポカポカ照らされる感覚に似ていて、とても気持ちがいいんですよ。パネルヒーター内にお湯を循環させることで室内を暖める仕組みで、真冬は循環する湯温を37〜8度ぐらいに設定しておけば室温が23〜4度ぐらいにキープされます。2023年1月の大寒波の日はさすがに寒くて、湯温設定を40度ぐらいに上げました」
パネルヒーターの熱源は、電気と灯油から選べます。夫妻が選んだのは灯油。「太陽光発電を導入しようか迷った」そうですが、後からでも導入できるためひとまず保留に。2022〜2023年の冬は電気代が高騰したため「今年に限って言えば、熱源に灯油を選んで良かったです」と振り返ります。

内開きと内倒しの2通りの開け方ができるドレーキップ窓は換気に便利

正面に見えるパネルヒーターは桜色をセレクト。使ったタオルをかけて乾かせます
家族が心地よく暮らすうつわとして、一つひとつ丁寧に選びとられた住まい。家族の成長とともに楽しい時間が紡がれていくことでしょう。


記者感想
庭は暮らしを実に豊かにするもの。H邸にうかがって、そんなことを実感しました。窓の外に緑が見える環境は心地よく、目隠しや日差し緩和以上に、安らいだり元気が出たりと心に作用する存在なのだと感じます。ご夫婦は日々庭に出て水撒きをするそうで、植物の成長や季節の移ろいを感じる時間はきっと暮らしのなかでも大切なものでしょう。
庭や外構は建物に比べて優先度が低いため、予算調整でやむなく見送るケースも多いです。Hさんのように予算を含めて庭と建築をトータルで計画すれば、庭と住まいが互いに引き立て合う住まいになるでしょう。そこで大切なのが室内外のつながり方。気密性が重視される現代の住まいで縁側や土間は減っていますが、H邸のようにテラスで室内外をつないだり軒下空間をつくったりと中間領域を設けることで室内外がゆるやかにつながり、心地よい住まいになるのでしょう。
ライター:石井妙子
写真:FRAME 金井真一