ヒッチハイカー、被災地へ | 株式会社Reborn(リボーン)

ヒッチハイカー、被災地へ

先週の日曜日、名古屋方面への出張の帰り道のこと。恵那峡SAでガソリンを入れて、「たっけぇ~なぁ」なんて思っておりましたら、こちらへダッシュしてくる青年が!「な、なんだぁ~?」と思ったのもつかの間、

「ナ、ナ、なっ、長野へいきますかっ!」と。手に持つスケッチブックには「長野」と書いてありました。夜の10時ごろ。雪が降っています・・・。

う~む、このまま断ったら、明日新聞のっちゃうんじゃねぇ?との思いもあり、はいどうぞ、と快諾したのです。万が一交通事故したらどすんの?ってこともあるのですが、自分もやってたんだよなぁ、20年前。後部座席の荷物に混ざってN君が着席。そのまま長野目指して出発です。

「で、どっから来たの?」

「シモノセキっす!」

「ほう、でいつデッパツしたの?」

「え~3日前っす。」

「3日でここかい?ちょっと遅いねぇ。で、どこ目指してんの?」

「フクシマっす!」

「ふ、ふくしま!長野行ったら遠回りよ!」

「そうすか?最短だと思ってたっす。」

「恵那峡の前はどっから?」

「広島っす」

「そのまま東名で東京めざっすってもんでしょぉ~。」

「とりあえずぅ~、長野しか考えてなかったす!すんません!」

「しょーもねぇーなぁ・・・。(間)で、何しに行くの?」

「とりあえずぅー、原発の近く、ぎりぎりのとこまで行って、それから、仙台のばあちゃんトコにいくっす!」

「ばあちゃんに連絡してあんのか?」

「連絡とってあるっす!近くまで行けたら、電話するっす!」

「それならいいけど、いつ着くかなー。長野から新潟、また今夜だいぶ降ってるぜー。」

「土曜日までには山口に帰んなきゃっす!バイトでシフトが埋まんないからどうしても戻って来いって・・・。」

「おいおい、なんだ?君、大学生かい?いくつ?」

「22っす。この間卒業したっす。生まれは佐賀っす!もう就職決まってるっスけど、まとまった時間、もう取れないと思うんで。」

「おお、おじさんも大学ダブったから22の時就職したな。さては?」

「バレバレっすね~。すんません!あの、名前教えてください!」

「マッキーだよ。君は?」

「〇〇村ユウ太郎っす!マッキーさん!」

「おう、ゆうちゃん!よろしくな。」

こうして日曜日の深夜の帰り道、若者と共に、真剣に、地震のこと、原発のこと、日本のこと、山口のこと、長野のこと、豪雪のことなどを語り合ったのです。

そうして松本まで来た頃、

「ユウちゃん、なんか歌うたってくんない?おじさん眠くなってきた・・・・」

「えっ?歌っすか?意外っすね!えと、えと・・・。

そういってユウちゃんは、おじさんが聞いたこともない歌を、小さな声で、やや悲しそうに、緊張しながらも1番を歌い切りました。

「おおーいいぞ、いいぞ、ブラボォー」なんてね。

「おお~緊張したっす!て、手が震えてとまんないっす!」

「いいジャンいいじゃん!もう一曲たのむワ!」

「えっと、えっと・・・・。」

「んじゃ、リクエストしていい?」

「おおーそいいう展開っすか。いいっす、いいっす、なんか言ってください!」

「そうだなぁ、卒業シーズンだから、アオゲバトオトシ!しかも大きな声で!」

「おーいいっすねー。」

そういってユウちゃんは、先ほどよりやや大きな声で、少しかすれ声の、音程のまったくとれていない仰げばトートシを、熱唱してくれました。

しばらく沈黙が流れました。

「被災地のみんなにも、なんか歌ってあげて、力づけてやってな!ユウちゃんは結局それくらいしかしてあげられることないんじゃないかな?もっと元気が出るくらいに大きな声でな!」

そして、深夜12時ごろにユウちゃん(男だよー)を姨捨SAにおろし、

「どっかネグラがあるか見てこい!なきゃ、ホントに凍死するかもなんで、うちの事務所に泊めてやる。だが、明日どうする、ということもある。自分で判断しといで!」

そうしてユウちゃんは姨捨SAのなかへ、小走りに走ってゆきました。

3分ほどして戻ってきました。また小走りで。

「いけるっす!授乳コーナーに布団あるっす!エアコンも付いてました!電源入れて来ました!」

「おいおい、寝袋ねーのかよ!大丈夫か?死ぬなよ!」

名刺を渡しました。いつか私もユウちゃんに再び会うことがあるかもしれません。いや会いたい、ような・・・。

こうして2時間ほどのユウちゃんとの交流は終わりました。考えてみれば、そう、就職してしまえばなかなかこんなこともできるはずもなく、私も大学卒業の春休み、一人でエジプトに行ったことを思い出しました。新婚旅行を除いては、「旅」ということをしているとも言えず、ましてや明日どこに行こうか、行けるか、なんて旅はあれ以来やってないもんなぁ。

「ユウちゃん、被災地についたら、写メ送ってや!」

自宅に戻る車中で、私も改めて仰げば尊しと、西田敏行の

♪このまちぃ~にうまれぇてぇ~よかぁたとぉーいわせてくれぇ~

と歌いながら、涙ぐんでしまいました。あの曲、オレだめなんだよね・・・。

以下ユウちゃんからのメールです。

3/12(月)

おはようございます
昨日は本当にお世話になりました!

おかげさまでまだ生きてます(笑)
そして今拾ってもらえて新潟に向かうことができました!

返信: 塩原 真貴です。無事でなによりです。新潟は大雪だと思うよ。幸運を祈る。

 

3/13(火)

ありがとうございます!
泊まれるもなく電車もなくるところだったので仮設住宅しか回れませんでしたがどうぞ〓〓

そんなわけでとりあえず今日のところは仙台に行ってきます



 

 

 

 

※3/14は連絡なく、ちょっと心配してました。

3/15(本日) 19:22

こんにちは
今日女川に行ってきました
1年も経過しているので瓦礫はもうそんなにないとは思っていましたが瓦礫も何も無くなっていました。
想像していた以上に本当に何くて驚きました。

でもそれ以上に現地の人は思ってたよりもあっさりとしていました。



 

 

 

 

ユウちゃん、写真ありがと。早く帰んなきゃ、バイトおくれるでぇ~。

被災地で君のかすれた歌声が響いたかい?

 


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