どしゃ降りの雨・床屋さんへ | 株式会社Reborn(リボーン)

どしゃ降りの雨・床屋さんへ

15年間ほど、ずっと同じ床屋さんに通っています。理容オギワラ。私は千葉県の大学を卒業し、両親の反対を押し切り、故郷松本に戻らずに長野市の会社に就職しました。最初に間借りしたアパートから徒歩で行けるそこは、8帖ほどのスペースに大きな鏡、2つの客用椅子、天井付近に小さなテレビが据えられています。目をつむってカットに臨む私のような客は画面を見ることがありません。日曜の昼下がりにはラグビー中継なんかにチャンネルが向き、いったい誰のためにテレビがついているのか?などと思ったものでした。

南側道路に面した、陽当たりの良い理容室の窓辺には、理容学校に通っているらしい年頃のお嬢さんが、父親、母親の手伝いをしながら勉強をしているようです。オギワラ タカコさん。

客が複数になると奥さんもハサミを持ち、夫婦肩をならべ、互いがぶつからないよう、気を使いながら段取りしている様子が、客である私にも、目をつむっていても分りました。無口な主人は、淡々と客の髪をきってゆき、対照的に奥さんはお客さんと会話しながらカットする。奥さんがほとんど切り終えたころ、無言で二人が入れ替わる。ご主人の最終チェック&補正。その後主人はドアを開けて外でたばこを一服。娘さんがシャンプーを。終わったころにカミソリを持って再び客人の頭部はご主人にゆだねられます。

 

いつものような日曜の昼下がり、オギワラに行くと主人の姿がありません。まぁ、たまには釣りにでも行ったのだろうとその時は思っていました。テレビからはトレンディードラマの再放送が流れていました。

そして3か月程度したころでしょうか。いい加減ぼさぼさの髪にストレスを感じていた私は、仕事の合間を縫って平日にオギワラへ行きました。そしてその時もやはり職人気質のオギワラ店主はおらず、奥さんに切ってもらっていました。

いつもよりやや丁寧なハサミ使いの後にシャンプー。そして背もたれが倒され、顔そりに入る直前、ちらっとテレビのワイドショーに目をやりました。そしてそこに発見したのです、ご主人の遺影を。

思い切って奥さんに尋ねました。「あの写真って・・・。」

「そうなの、急に入院したかと思ったらそれっきり・・・。ガンでねぇ・・・。」

「そうですか・・・。それは残念ですね・・・。」

「いきなり逝っちゃったもんだからもうこっちは大変! まったく!休む暇もありゃしない!」

つい半年前に切ってもらった時には、本人はもとより誰も分っていなかったはず。あまりにあっけないオギワラ主人の最期でした。

 

あれから10年ほどが経ちました。今日、私はどしゃ降りのなか30分ほどかけてオギワラへ。

テレビは地デジ化のため昨年薄型液晶に変わりましたが、当時とほとんど変わらない室内。60歳は超えたであろう奥さん。そして娘のタカコさん。この10年の間、母子は理容オギワラを守り、タカコさんは3歳の男の子のお母さんに。今では親子が肩を並べ、大きなほうきを不器用に使いながら床の髪を集めているおじいちゃんそっくりのボクちゃん。なんとも微笑ましい理容オギワラです。

きっと私は、この家族を数カ月に一度、これからも訪れることになるのでしょう。彼がハサミを持ち、床に落ちた我が髪が白一色になるまで。

 


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